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米谷・佐佐木基金

受賞者(学位論文部門)の挨拶と受賞講演

山口裕通氏

山口 裕通
金沢大学理工研究域地球社会基盤学類助教

【 学位論文題目 】
交通サービスの新設・廃止による都市間旅行パターンの経年変化

 今回、米谷榮二先生、佐佐木綱先生という偉大な先生方の名前を冠した賞をいただけたことをたいへん光栄に思います。また、このような機会を設けていただいておりますシステム科学研究所のみなさま、今回私の論文を評価していただきました審査員の先生方、そして私の博士論文をご指導いただいた東北大学の奥村誠先生はもちろんのこと、赤松先生、桑原先生はじめ東北大学でお世話になった先生方、また学会等でさまざまなアドバイスをいただいた先生方に、あらためて感謝を申し上げたいと思います。

はじめに

はじめに

 

 藤原先生も先ほどおっしゃっておられましたが、この学位論文賞を受賞された他の先生方はリーダーとして活躍されています。今回その輪のなかに私も入れていただけるということで、たいへん光栄に思うとともに、これからいっそう気を引き締めて研究にあたっていかなければいけないと考えております。  それでは、私自身の博士論文の研究について発表させていただきます。

Research Question

 Research Question

 

 私の博士論文では、交通のなかでも都市間旅客、長距離旅行の話について取り扱って参りました。話はシンプルで、新幹線や航空路線、高速交通サービスが新しくできたときに、人の移動、都市間の旅行の移動パターンはどう変わるのかについて答えたいというのが基本的な目標です。そして、これからは人口が減っていくなかで、それに対応する方法を考えていく必要があります。このとき、新しく作ることによって得られた効果が細かくわかると、縮小したときにどんなことに直面するのかについても考えられるのではないかということで、このようなテーマを考えてきました。

 基本的には、新しく新幹線を造りますと、より短時間で都市間を移動することができます。ですから、時間制約によって潜在化していた、それまで時間がかかるから行けなかった需要が顕在化してくることになります。そして、このように都市間旅行を量的に増やす効果を期待して新幹線などは造られていると考えています。ただし、交通サービスができることは、都市間旅行パターン、直接交通量が増えるという効果以外にも、この周辺のさまざまな社会経済的な要因、変化ともかなり密接に関係しています。

交通サービス新設効果まわりの因果関係

交通サービス新設効果まわりの因果関係

 

 たとえば金沢のケースで考えますと、北陸新幹線ができたことによって、金沢の人口が増えたということはまだそれほど起こっていませんが、金沢のなかで新たな観光的な魅力が作られたり、あるいは金沢でより多くのイベントが開催されるというように、新幹線の開業が金沢の経済を発展させ、それに応じて交通量パターンも変わることが考えられます。このように交通サービスの新設によって、社会経済状況を介して交通パターンが変化することが考えられます。このような効果を、時間短縮という直接効果に対して間接的に効いてくる効果、間接効果と私の論文では呼んでおります。

 この間接効果の他に、新幹線はもともと大都市を優先して整備されている特徴があります。さらに、土台として社会経済状況が発達しているということは、旅行量がもともと多いので、直接・間接効果がなかったとしても交通サービスの有無と都市間旅行パターンは相関する関係にあります。つまり、直接効果がなくても、疑似相関のかたちで直接効果があるように見えてしまいかねないので、直接効果を推計するときに過大推計しかねないバイアスの要因となります。

従来モデルの課題と本研究の目的

従来モデルの課題と本研究の目的

 

 このような都市間旅行パターンは、経済状況や交通サービス状況の変化など、さまざまな要素を組み込みながら長期的に、20年、30年のオーダーで変化してきました。この長期的な変化を分解・理解していこうというのが、博士論文の一つのテーマです。これまで都市間旅行のOD表の長期的な変化を扱ったモデルはあまりなく、基本的には実務的に使われているモデルは一時点のデータを扱うものが中心でした。

 この要因の一つは、時点間のばらつき、都市の社会経済状況の変化のばらつきが圧倒的に大きいので、交通の変化による影響をうまく抽出できないということがあります。あるいは、通勤等は毎日する行動であるためかなり安定していますが、都市間旅行、長距離旅行については非日常性があることから、たとえば天気やイベントの有無、お盆やお正月といった時期によってまったくパターンが違うという、日々の間でのばらつきが大きい行動です。このばらつきを反映したままで1日のデータを調査されてしまうと、5年ごとの差異のなかでもそのばらつきが大きく出てしまいます。

 その問題と戦いながら、5時点の20年分のデータに含まれている時空間差、それぞれの場所の時間の差を適切に扱っていきながら、直接効果と間接効果を推計できるモデルを作ろうというのが、博士論文で取り組んでいた話になります。

Key ideas

Key ideas

 

 本日は、いくつかのメインのアイデアに絞って紹介させていただこうと思います。一番メインで紹介させていただきたいのが、分解アプローチです。これは「差の差分析法」の考え方を利用して、間接効果と直接効果との波及範囲の違いに応じて、時空間差を分解していこうというアプローチです。このアプローチをとることによって、バイアスになり得る要因を除去しながら、直接効果と間接効果とを分けて都市間交通サービス、新幹線や航空路線の新設の影響を見ていくことを可能にしています。

 二つ目については、都市間旅行の特徴として非日常性を挙げていましたが、都市間旅行の回数には大きな個人差があります。1年間に1回も県外に出ない人も圧倒的に多いなかで、毎週のように県外に旅行している方も多いという特徴があるのが都市間旅行です。この都市間旅行回数の大きな個人差に着目して、回数ごとに新幹線サービスができたことによる感度も大きく異なると予想されますので、そのようなポイントも組み込みつつ、旅行行動の20年分のトレンドを理解しすることに挑戦しています。

 三つ目については時間の関係で本日は説明できませんが、旅行先とモードを選択するモデルのなかで、複雑な交差弾力性を組み込んだ再現性のいいモデルを作ることに、一般化 Nested Logit モデルを適用することでチャレンジをしています。

モデルの全体像

モデルの全体像

 

 モデルの全体像について説明します。基本的には4段階推定法型で、発生と分布、そして経路ごとのモデルを組み合わせているものです。そのなかで、旅行回数分布については発生量モデルで、たくさん移動する人、少ししか移動しない人の間での感度の差異を組み込んでいます。

 さらに、旅行先とモードの選択モデルで、行き先と交通機関を選択するモデルを組み合わせるかたちで一般化Nested Logitモデルを使いつつ、分解アプローチと呼んでいたアプローチを適用しています。

Key idea@ 分解アプローチ

Key idea@ 分解アプローチ

 

 最初に、分解アプローチについて説明させていただきます。考え方としてはシンプルで、モード別の出発地/到着地ごとのOD交通量について20年分5時点の時間的な変化を、三つの空間パターンに分けていくものです。

 一つ目の空間パターンが経路ごとの効果です。図の三角形で、たとえば一番上を石川県、右を東京都、左側を大阪府としますと、新幹線の効果というのは、基本的に東京と金沢、東京と石川県とをつなぐ場所に表れます。それは新幹線の利用者のみについて表れる効果なので、東京と石川の相互の方向について、新幹線を利用する人の増加というかたちで表れます。このような効果のことを経路単位、かつ交通サービスの直接効果というかたちで呼んでいます。

 二つ目が旅行先単位の効果として分離している効果です。こちらは新幹線ができたことで金沢のまちが発展する、あるいは金沢のまちに来たいと思う人が増えるという効果に相当します。この場合は、東京から金沢に新幹線で来る人以外にも、飛行機で来る人も同じプラスの効果を得ますし、あるいは大阪・京都という新幹線開業とは直接関係がないようなところからも増えます。つまり場所ごとに、全方位から、新幹線開業がなかったリンクも含めて増えると考えられます。

 三つ目としては、航空の規制緩和がかなり進んで、全体として運賃が下がりながら航空が発達していく変化も分離することに相当します。このような効果は、どこかのOD、出発地、到着地に限定されることなく、すべての航空を利用するところに影響が表れることが想定されますので、それぞれモード単位で日本全国すべてのODペアのなかに出てくる効果というかたちで定義していきます。

 この3種類に時空間変化を分離することで直接効果を正確に推定できますし、そのうえで、経路単位とモード単位の影響を見ていくことで、間接効果の部分を議論することができるようになります。

Key idea@ 分解アプローチの定式化

Key idea@ 分解アプローチの定式化

 

 モデルの定式化はけっこうシンプルです。基本は、出発地ごとに旅行先と交通機関を選ぶような離散選択型のモデルを考えまして、ここで一般化Nested Logitモデルを用いています。その確定項のなかに、旅行先とモードごとの定数項、つまり旅行先とモードの影響に相当する定数項を設定しています。このようにすることで間接効果を分離して正確に直接効果を推定し、そのうえで間接効果を議論することになります。

Key idea@ 分解アプローチ適用結果

Key idea@ 分解アプローチ適用結果

 

 この分解アプローチを適用した利点は、大きく二つ挙げられます。一つ目は、単純に予測精度が上がったということです。20年分5時点のデータがありますので、最初の4時点のデータを使ってモデルを作ったうえで、5時点目、1990年から2005年までの都市間旅行のデータを使って、2010年の予測を行いました。  分解アプローチのなかで、旅行先価値についての効果を予測するのは難しいので、1990年から2005年までの平均値がそのまま続くと仮定して予測した分解アプローチの結果と、基本的なモデルと同様に人口やGRPなどの社会経済指標を入れたモデルによる結果について比較しました。

 そして2010年データへの当てはまりを比べていきますと、分解アプローチのほうが、予測精度が高いことを確認しました。これは、共変量効果などを除去しながら正確な直接効果が予測できていることを示すものと考えています。

Key idea@ 分解結果による間接効果の推定

Key idea@ 分解結果による間接効果の推定

 

 分解アプローチによる利点の2点目が、間接効果を推定できる点です。旅行先とモード選択の時空間差を3種類に分解しました。この分解結果のうちで、交通サービス新設・廃止の空間的な位置と旅行先価値の時間変化との関係を見ていくことで、分離するべきと言っていた直接効果と間接効果の二つの交通サービスの新設効果のうち、間接効果のところだけ推定することが可能になります。

Key idea@ 間接効果の推定結果

Key idea@ 間接効果の推定結果

 

 1990年から2010年までの20年分の時系列変化から間接効果を推定した結果ですが、統計的に有意はないというのが今回の結論でした。

 逆に、結果では有意ではないのですが、業務目的、私用目的では推定値が負に効いていることから、新幹線をつないだことで業務量あるいは社会経済的な発展を吸い取られていくようなストロー効果も若干みられたことも示唆されました。

Key ideaA 旅行回数分布モデルとその分解

Key ideaA 旅行回数分布モデルとその分解

 

 つぎに、キー・アイデアの2番目として、発生量を組み込んでいるモデルについても簡単に紹介させていただきます。まず、こちらの棒グラフは2016年に長距離観光をした人の回数別の構成割合です。この図をみると、2016年に1回も宿泊観光旅行をしなかった人が、だいたい55%ぐらいもいます。その一方で、数%ですが10回以上旅行している人も無視できないぐらい存在するという分布になっています。この分布の形について都道府県間差と20年5時点の時間差と、年齢ごとの違いを分析しました。

 このときの規則性として、1、2、3、4、5、6回の構成割合は、ポアソンと指数分布を混合したかたちで、だいたい従うことが見えてきましたので、こちらの三つのパターンを組み合わせたモデルで、時間・空間・年齢の違いを予測しました。

 その結論の一つとして、経年的にゼロ頻度層がかなり増えてきているということがわかってきました。結局、高齢化によって高齢者はゼロ頻度層がかなり多いということと、あとは若者のなかでゼロ頻度層が増えているという効果が見られているので、着々とゼロ頻度層が増えていることがトレンドが見えてきました。

Key ideaA 高速交通サービス整備の影響

Key ideaA 高速交通サービス整備の影響

 

 この回数分布について、交通サービスがどのような影響を及ぼしたかを見ています。都道府県間の違いと、旅行先と期間選択モデルからあがってくる交通サービス条件との関係を回帰分析で分析していきます。その結果としては、まずゼロ頻度層の数については、新幹線ができようが何しようが変わらないというものでした。

 一方で、回数選択層という比較的旅行している人たちの回数を増やす効果は新幹線整備によってあるだろうというのが結論でした。このように、新幹線を整備することは旅行しない人には効果がないのですが、ある程度旅行している人を増やす、その結果、たくさん旅行している人と旅行していない人の格差を増やしていくという効果があるということを明らかにすることができました。

統合モデルによる予測 北陸新幹線整備効果

統合モデルによる予測 北陸新幹線整備効果

 

 今回は2010年までのデータを使っておりますので、金沢につながった北陸新幹線整備効果は入っていない分析でしたが、統合したモデルを用いて整備効果の予測もしました。石川、富山に鉄道旅行で来る人がどのくらい増えるか、観光旅行で来る人がどれだけ増えるかを予測したものがこちらの図です。だいたい1日あたり1,000トリップ分ぐらい増えるということを予測しておりました。

 そして、その内訳も推計しているのですが、増加量の大半は、旅行先の変更によるものです。つまり、そもそも旅行していなかった人が金沢に来るわけではなくて、別の場所に行っていた人が旅行先を変えて、つまり国内のOD表の内訳を変えるようなかたちで変化が起こるということを予測しておりました。

まとめと博士論文後の研究

まとめと博士論文後の研究

 

 つぎで、博士論文での予測結果について、答え合わせを紹介させていただきます。  その前に、博士論文の成果をまとめるとこのような形になります。まず、都市間旅行の特徴に合わせて、長期の時間変動の変化を分解アプローチで分解していきながら、間接効果と直接効果を分離しつつそれを推定するというアプローチを提案しました。そして、旅行回数分布のかたちの時間的な変化、空間的な違いを分析してきました。

 その結果から得られた交通サービスの新設・廃止の効果としては、基本的に旅行数を大きく増やすことはない、逆に言うと、廃止をしても旅行数を大きく減らすことはないということがわかりました。それどころか、旅行回数分布モデルから得られたトレンドを見ていきますと、将来的には圧倒的に減少していくだろうということがわかりました。つまり、人口が減少する以上に早く長距離行動自体が将来的には減少していくと予想しています。

 交通サービスの新設・廃止に大きく影響を受けるのは、旅行先の配分です。旅行する量自体は変わらないものの、どこからどこに行くのかを大きく変える効果は存在します。その意味では、都市間の旅行数自体は限られた資源であって、交通サービスをなくすか、あるいは新しく作るかというのは、その資源をどう配分するかということを制御するものとして考えるべき、というのが、私の博士論文で提示したメッセージです。

博士論文後の研究 携帯電話位置情報の分解

博士論文後の研究 携帯電話位置情報の分解

 

 博士論文をまとめた後に、金沢大学に着任してからは、携帯電話の位置情報データを使って、同じようなアプローチで北陸新幹線整備効果を測ることにチャレンジしています。携帯電話位置情報データがあれば、どこの都道府県からどこの都道府県まで行ったかという都道府県間のOD表をかなり容易に作ることができますし、その時間変化もかなり精度よく追うことができます。それを先ほどの分解アプローチの考え方で、直接効果と旅行先ごとの効果に分離していきます。これは、OD表のなかで、変化している対称行列の成分と、列ごとに同じ値が入る成分の二つの行列の足し算のかたちに分離していこうということに相当します。

博士論文後の研究 北陸新幹線整備効果

博士論文後の研究 北陸新幹線整備効果

 

 こちらが北陸新幹線開業前後の変化を分解した結果です。右側の図が直接効果で、縦方向に都道府県が北から南に並んでいて、横方向にも北から南に都道府県が並んだOD表になっています。少しオレンジがかっているところが、東京から石川、石川から東京に行く人が新幹線効果によって増えた部分です。それから、左側の図が博士論文では統計的には有意でないという結果が得られていた間接効果ですが、石川に黄色い線が出ています。これは、北陸新幹線の整備前後では石川で大きな間接効果が見られたということを示しています。

博士論文後の研究 まとめとこれから

博士論文後の研究 まとめとこれから

 

 博士論文では、2010までの20年間、山形、秋田、八戸、長野、鹿児島、あとは航空路線の存廃を分析した結果では、有意な間接効果はなかったという結論でした。しかし、北陸新幹線の開業効果では、じつは間接効果のほうが、直接効果を推計して分離した結果として得られた間接効果よりも大きいという結論を得ています。それは下手すれば倍ぐらいの量があるのではないかというくらいです。

 これらの結果から推測できることは、交通サービスの整備と間接効果というのは、線形の関係にはないということです。交通サービスを整備したから絶対に間接効果が出るというわけではなく、ある一定の条件を満たす場合に、かなり強く出てくるということだと思われます。

 私の博士論文で提案した方法は、このような間接効果を分離して議論することができるので、このような非線形の効果を把握し、交通サービスがどんなときに都市の経済発展などに寄与しているのかについて議論していくことができるのではないかと考えております。そういう視点で、今回提案した分解アプローチのさらなる使い方も考えながら、都市間旅行の研究についてもさらに発展させていこうと思っています。

 本日はこのような機会を設けていただきありがとうございました。今後とも、米谷・佐佐木賞学位論文賞を受賞した一人として、しっかりとがんばっていこうと思います。どうもありがとうございました。

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