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公益事業情報

米谷・佐佐木基金

受賞者(学位論文部門)の挨拶と受賞講演

大山雄己氏

大山 雄己
Transport and Mobility Laboratory,School of Architecture, Civil and Environmental Engineering,Ecole Polytechnique Fédérale de Lausanne

【 学位論文題目 】
A Markovian route choice analysis for trajectory-based urban planning
行動軌跡に基づく都市計画のためのマルコフ型経路選択分析

 このたびは米谷榮二先生、佐佐木綱先生の名前を冠した非常に栄誉ある賞をいただき、たいへん光栄に思っております。システム科学研究所のみなさま、また評価委員の先生方に心より感謝申し上げます。

はじめに

はじめに

 

 それではさっそく博士論文「A Markovian route choice analysis for trajectory-based urban planning」、邦題「行動軌跡に基づく都市計画のためのマルコフ型経路選択分析」と題して発表させていただきます。

 本論文を簡単に説明しますと、「マルコフ型経路選択モデルの高い操作性、動学的解釈が今後の都市交通計画に与える可能性に着目し、そのためマルコフ型経路選択モデルに基づく経路選択分析の統合的な枠組みの提示を行う」ことを目指した論文となっています。

Trajectory

Trajectory

 

 はじめに、本研究で想定する今後の交通計画・都市計画について述べたいと思います。従前の交通計画において移動というのは負の効用を生み出すものであり、それゆえトリップ・ベースであれアクティビティ・ベースであれ、移動に関する記述は費用最小化という観点に基づく全体最適な行動がモデル化されてきました。しかしいま、「場所の質を高めてまちにおける時間の過ごし方を変える」というデザインが都市政策上、注目を集めるなかで、「目的を持ちつつも移動のなかで出合う空間に反応して行動を変える」といった行動のメカニズムの記述が重要になってきていると考えています。

 そこで本研究では、この途切れることのない人の移動・活動の軌跡を、意思決定の連鎖として捉える「Trajectory」という概念を計画の単位として導入し、その分析のためのフレームワークを提示することを目的とします。

Credit

Credit

 

 そのためにマルコフ型の経路選択モデルを基本としますが、それらのモデルの根本は、佐佐木先生のマルコフ配分に関する一連の研究にあると考えています。とくに1965年の論文「吸収マルコフ過程による交通量配分」は交通分野でよく知られたものだと思います。いまでこそマルコフ配分はロジット型の経路選択モデルにおける重要な概念となっていますが、この動物園の図に見られるように、佐佐木先生は道路の交通流に限らず、ある会場内の歩行者流などにもマルコフ配分を応用されていました。

 つまり「経路選択モデルも目的地の遷移行動も、空間を選択する個人の意思決定の連鎖だと見立てれば、同質の問題である」と考えられたと私は解釈しています。本研究でも、経路選択モデルというものを空間選択行動のシークエンスであると解釈し、マルコフ型経路選択モデルの概念を、もう一度、佐佐木先生が記述していたように拡張しなおしたいというのが本研究の射程になります。

Markovian route choice model 1

Markovian route choice model 1

 

 もう一度、経路選択モデル側のマルコフ配分の流れに戻るのですが、マルコフ配分はそれまでのロジット配分とは異なり、経路を列挙することなく確率的な交通量配分を行える手法であるという高い操作性によって、後続の研究に強い影響を与えてきています。

 大きなパラダイムに限ってお話しすると、Bell(1995)、Akamatsu(1996)によって、マルコフ配分の遷移確率に期待最大効用という概念を導入することで、起こり得るすべての経路を列挙せずに考慮するロジット配分と等価であることが示されました。これによってマルコフ配分は、Dial配分と並ぶ交通量配分の基本手法として現在、確立しています。列挙を行わない確率的配分についての等価最適化問題、すなわち確率的均衡配分にそれが応用可能だということも、同時期に示されています。

 近年の流れとしては、このマルコフ配分は非集計・離散選択分析、つまり個人の意思決定の記述としての再解釈が行われて、再び注目を集めています。

Markovian route choice analysis 2

Markovian route choice analysis 2

Methodologies

 

 ここで、経路選択のモデリングを核として、その経路選択確率に基づいてネットワーク上の交通量を計算する配分モデル、また実データと確率とを照らし合わせることで、実際の行動のメカニズムを推定する統計学的なモデル、この全体の枠組みを本研究での経路選択分析というように定義すれば、マルコフ型の経路選択モデルというのは、従前の経路選択分析において最大の課題であった経路選択集合の生成において、経路をリンク選択というかたちに分解することで、経路列挙を行わない方法として大きな貢献を果たしてきました。しかし、分析のフレームワーク全体として見たときに、いまだ複数の大きな課題を残しており、本研究では各章でそれぞれについての解決方法の提示を行い、経路選択分析全体を、マルコフ型経路選択モデルを基本として構成することを目指します。

Data and estimation | challenge

Data and estimation | challenge

 

 まず経路選択モデルにおける観測とパラメータ推定の問題を扱います。GPSなどの観測の点列から経路情報を取得する方法は、いわゆるマップマッチングと呼ばれるものですが、近年では、経路の観測の手法としても確率的な手法が主流となっています。ここで観測確率というのは、ある候補経路rに対して、その経路が真の状態であるときに、確率分布に基づいて観測点列m? が再生産される確率が観測確率と定義されます。

 このとき、ある一つの観測点に着目すると、その点がどのリンクを真の状態として発生した点かということは事前に知ることができず、また計算上の観点からも、すべてのリンクをこの点の真の状態として候補とすることは到底不可能です。そのため現在の手法では、データが持つ誤差の範囲、確率分布を所与とし、その確率で足切りを行って、図式的にはこのようなデータに関連づけられる領域を定義し、そこに含まれるリンクを候補経路の構成要素とするということが行われています。

 それによって、候補経路の集合 Rというものが定義されるのですが、確率分布のパラメータσ- によって経路集合が所与の情報となってしまうため、真の経路が抜け落ちる可能性があり、また真の経路を考慮しようと円のサイズを大きくすると計算の負荷が高くなるといったトレード・オフを抱えています。

 また、確率分布を所与としてしまうと、評価しようとする観測確率が所与のパラメータに依存してしまうため、バイアスが発生することが問題となります。

 もう一つ、観測の不確実性が大きい場合には、観測確率だけから経路を特定することが難しいので、事前情報としてある経路の選ばれやすさを用いて観測確率を補正し、それによって経路の特定を行うといったベイジアン・アプローチが採られているのが近年のアプローチです。しかし、こちらについても事前情報として経路の選ばれやすさ、つまり経路選択モデルの事前分布の仮定が必要であり、ここで使われる行動パラメータθ- と、得られた経路情報に基づいて推定される経路選択モデルの推定パラメータが一致せずバイアスが発生してしまうという問題があり、この章ではこれらの初期パラメータに依存したバイアスを軽減することを目的としています。

Data and estimation | solution

Data and estimation | solution

 

 そのための手法として二つ提案しています。簡単に説明すると、一つ目は、観測確率のパラメータに関して、マルコフ型の経路選択モデルを基本とし、経路を分解してリンク単位で特定していけば、観測されるリンクの候補集合というものが、事前の状態に依存して、モデル上でアウトプットとして与えられることに着目します。つまり候補リンクと観測したい点との対応関係があらかじめ明らかになるため、観測誤差の情報を所与とすることなくリンクの固有変数として推定できる点が一つのポイントとなっています。

 それによって、たとえば私が想定するような歩行者のネットワークにおいては、たとえば路地であれば観測の誤差がすごく大きいけれども、広幅員街路であれば観測の誤差がすごく小さいといったような、街路ごとの観測誤差の大きさの違いが評価できることになります。

 二つ目は、行動モデルの事前分布に関する問題ですが、ここに関しては、事前情報としてインプットするパラメータと、それによって観測された経路情報を用いて推定される経路選択モデルのパラメータの一致問題を解くということを行い、バイアスを取り除くことを試みました。

Data and estimation | summary

Data and estimation | summary

 

 本パートでは、観測・行動両モデルのパラメータを所与の情報とすることなくモデル内で推定を行い、初期値依存バイアスを取り除くための手法を提案したことになります。この従前の課題を解決するために、マルコフ型経路選択モデルを基本とした方法を応用として考えています。論文内では実データを用いて提案手法の検証を行っています。

Modeling | challenge

Modeling | challenge

 

 次に、モデリングにおける行動の仮定を緩和することを考えました。経路選択モデルは目的地までの移動ルートを記述するものですが、たとえば災害時における道路の途絶や、あるいは魅力的な空間に歩行中に直面したときに、逐次的な判断によって経路が影響を受けることは十分に考えられます。本章では、この経路選択行動における意思決定の動学性に着目します。

 それをもう少しモデル的に考えると、たとえば、ある旅行者がノードiというところで意思決定を行う際に、この目の前のリンクの効用と、将来通るであろう先の空間にあるリンクの効用とを等価な重みで考えているのではなく、異なる重みで評価していると考えるのが本研究の特徴です。マルコフ型経路選択モデルの動学的な解釈という性質を活かして、既存のモデルをより一般的なモデルに拡張したいというのが本章の目的となっています。

Modeling | solution

Modeling | solution

 

 具体的には、従前のマルコフ型経路選択モデルは、状態遷移という概念をベースとしつつも、意思決定の際に直近のリンクの効用と将来期待効用を等価な重みで評価しており、結果的にOD間の最適な経路をパスベースで選んでいるモデルと等しい全体最適な行動を仮定しています。

 それに対して本研究では、効用の重みに空間的な差異を記述するため、動的離散選択モデルにおける割引率というパラメータに着目しました。つまり旅行者が意思決定の際に、将来効用をこのβによって割り引かれたかたちで評価しているとみなし、βを調整することで全体最適な行動も近視眼的な行動も一体的に扱えるようなモデルにするということを行いました。

 実際にβが1の場合には全体最適なMNLのモデルに一致し、βが0の場合には近視眼的な意思決定、つまり一次のマルコフ連鎖に一致することになっています。

Modeling | summary

Modeling | summary

 

 このモデルは、すでに述べたように、災害時の超混雑ネットワークや歩行者の回遊行動ネットワークにおいて、とくに意味を持つと考えています。実際にβの違いによって交通量には大きな違いがあり、ネットワークの特性を分析でき、また論文内では実際にβを未知のパラメータとしてデータから推定することによって、東日本大震災時のネットワークにおいて時間帯別に近視眼的な意思決定が増加していったことを明らかにしています。

Assignment | challenge

Assignment | challenge

 

 これまではマルコフ・モデルを応用して既存の枠組みを拡張することを考えていたのですが、この章では応用可能性を高めるために、現在のマルコフ・モデルが抱える課題を解決することを目的としています。

 マルコフ型経路選択モデルが抱える計算的な課題として、大きく三つが知られています。一つ目はネットワークの構造やネットワークの効用の状況に依存した計算の不安定性、そして二つ目に過大なサイクリック・フローの生成、三つ目としてIIA特性の増幅です。

 マルコフ・モデルでは、期待効用という概念を用いて遷移確率を表現することで経路の列挙を行わずに起こり得るすべての経路を考慮したわけですが、そのなかにはこのような無限の周回経路も含まれてしまっています。このとき、周回のコストが非常に小さくなると期待効用が発散して周回経路が過大に評価されるということが、マルコフ型経路選択モデルの計算的課題が起こるメカニズムとなっています。

Assignment | solution

Assignment | solution

 

 この問題に対して本研究では、新しいネットワークの表現と制約の概念を取り入れるということを行いました。具体的には、意思決定として見たときに、無限周回経路の発生が非現実的であることに着目して、意思決定の時点の制約──ここではリンク数の制約をパラメータとして加えて、マルコフ・モデルの高い操作性、つまり経路列挙を行わなくていいという特性を保ったまま経路選択集合の限定を行える手法を考えました。

 具体的には、入力変数のoとdとTというものに基づいて適切に制約の変数を定義することで、各時点の状態集合──各時点に取り得るノードの数の集合が限定され、それを時点方向に重ね合わせることで、図のような時空間プリズムを描くことができます。つまり本研究では、すべての起こり得る経路を考えるのではなく、この時空間プリズム内で許容されるすべての経路を考えていることになります。

 マルコフ・モデルの表現としては、状態の遷移確率が、たとえ二つの空間が空間的に接続されていてもこのプリズム外に出るような遷移の確率は0となり、そのおかげで無限の周回経路に割り当てられる確率が0になるという計算となっています。

Assignment | summaryy

Assignment | summaryy

 

 この手法は、従前のマルコフ型の経路選択モデルが抱えていた計算的な三つの課題を解決するだけでなく、現実的な計算時間で収まるということが特徴となっています。計算不安定性の問題は、近年の流れである非集計分析、パラメータ推定においても大きな問題としていまだに指摘されており、その問題へも適用可能性があると考えています。

Application | challenge

Application | challenge

 

 最後に、提案したモデルの応用、その他の選択モデルとの統合を考えたいと思います。具体的には、対象として1km四方スケールの歩行者の回遊行動──図のように駐車場に車を停めて、そこに戻ってくるまでの複数の活動・移動を含むような一連の行動をモデル化することが目標となっています。

 このとき、移動は活動の派生需要であるというアクティビティ・スケジューリング・モデルの考え方は必ずしも適切ではなく、歩行者においては、移動のなかでさらに活動が発生するといった文脈依存的な行動も起こり得る、さらにそれが時間制約によって影響を受けていることを表現する必要があり、そのためにこれまで提案してきたモデルが適用可能だと考えました。

Application | solution

Application | solution

 

 具体的には、歩行者の活動を時空間ネットワーク上の経路として記述し、その選択モデルを扱います。この時空間ネットワークの経路は、xy平面に射影することで空間的な移動の表現になり、t軸に射影することで、どの場所でどのくらい活動を行っていたかという時間の配分のパターンも表現することができるようになっています。

 今回、滞在のリンクというものを仮定しており、この滞在リンクの選択数に応じて滞在時間も同時に評価できる枠組みになっており、経路だけではなく活動の場所、活動の時間の選択を一体的な選択問題として解くことを本モデルでは考えています。

Application | summary

Application | summary

 

 個人の行動を1本の時空間パスとしてみなすことで、経路選択モデルを用いて回遊行動を表現し、さらにそれを配分の枠組みに落とすと、空間的な集計フローと同時に、どのノードにどれぐらいの滞在時間が発生しているのかという時間的な集計フローも評価できる枠組みに展開したかたちになっています。

Findings

 

 ざっとお話ししましたが、より具体的に、提案したモデルを使って何がわかるのか、何ができるのかについて、最後に興味深い結果を話したいと思います。

 

Analysis of pedestrian route choice 1

Analysis of pedestrian route choice 1

 

 一つ目は、観測と推定の話題に関するもので、松山市中心市街地におけるGPSデータに適用した結果です。提案した手法を適用しない場合と適用する場合とを比較した結果を示しています。

 歩行者の経路選択モデルの推定結果で、このような説明変数を考えて推定したのですが、まず左側は、1回経路の特定をGPSデータから行って、その情報を用いて1回経路選択モデルを推定したという従前の方法による推定結果です。その場合には、所要時間が有意に効いており、一見、歩行者においても旅行時間が重視されるように考えられます。しかし、一方で提案した手法を用いて観測のバイアスを取り除いた場合の結果を見ると、旅行時間よりもむしろ歩道幅員やアーケードのダミーが有意に効いており、歩行者にとって重要な結果が現れたと考えています。

 観測のバイアスを取り除かなければこうしたメカニズムが明らかにならなかったという点で、本手法の意味が示されていると思います。

Analysis of pedestrian route choice 2

Analysis of pedestrian route choice 2

 

 松山の中心市街地は2本のアーケードを持つ商店街が含まれています。これは観測分散の推定結果ですが、この銀天街のところで実際に観測の誤差が大きくなっており、最初のモデルではここを通っている経路を観測できていなかったことが、推定結果の違いを示すメカニズムであると考えています。

Design of pedestrian network 1

Design of pedestrian network 1

 

 もう一つ、これまで説明したモデルを、最後に政策評価に適用した結果を示します。具体的には、いま松山市でも実際に行われている、道路幅員の構成を変化させる街路空間再配分という政策の評価を試みました。

Design of pedestrian network 2

Design of pedestrian network 2

 

 歩行者の活動配分モデルを最適化問題に応用した結果を示すと、図のようにどこの街路を拡幅するのがもっともよいかを明らかにすることができます。現状のネットワークと、全体の滞在時間を最大化させたとき、期待効用を最大化させるときとで、その違いを示すこともできます。

 このようなかたちで、都市においてどこの街路を拡幅すると、移動の変化に限らず、活動の分布がどのように変わるのかといったことが評価できるようになっていることが特徴となっています。

まとめ

 

 

 本研究では、マルコフ型経路選択モデルの操作性と動学的な逐次空間選択モデルという解釈に着目して、経路選択分析の一体的なフレームワークを提案しました。  ご清聴ありがとうございました。

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