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米谷・佐佐木基金

研究報告講演

山田忠史氏

山田 忠史
京都大学大学院 工学研究科 准教授

【 研究題目 】
サプライチェーンネットワークとの相互作用を考慮した貨物交通ネットワークの最適設計

はじめに

はじめに

  1年前に、この名誉ある賞を頂戴しまして、その講演の際に今後の研究展開をお話しさせていただきました。本日は、この1年間の進捗状況を報告させていただきます。

サプライチェーンとは

サプライチェーンとは

  はじめに、少しばかり、昨年度の講演のおさらいをさせていただきたく思います。まずは、サプライチェーンとは何かについてです。原材料の調達から商品を生産し、商品が流通・販売されて、消費者が消費します。この一連の流れおよび主体のつながりがサプライチェーンです。それがネットワーク構造で表現できるので、サプライチェーンネットワークと呼びます。

  商品の生産、流通、販売、消費に関わるサプライチェーン上のさまざまな箇所で、物流が営まれます。物流は、輸送、保管、荷役、流通加工、包装、情報の機能からなる活動です。さらに、サプライチェーン上の各所で行われる物流を俯瞰的に捉えて効率化することが、ロジスティクスです。

  これまでの土木計画あるいは交通計画分野における物流研究においては、物流のなかでも輸送に着目して、国際、都市間・地域間、都市内・端末のように輸送を空間別で捉えて、現況の再現、将来の予測、輸送システムの最適化などの研究が行われてきました。

  しかし、そもそも輸送、すなわち、貨物交通の交通需要というのは、その背後に必ず貨物自体の発生、集中、分布、つまり物流需要があります。また、物流需要の背後には、商品の生産、流通、販売、消費があります。サプライチェーン指向というのは、サプライチェーン側から、輸送、物流、ロジスティクスの需要メカニズムを明らかにするアプローチです。

SCNE:サプライチェーンネットワーク均衡

SCNE:サプライチェーンネットワーク均衡

  これも昨年度の講演でご説明した図です。二つの手法を簡潔にご紹介します。研究の進捗状況報告は、これらの手法をベースにしたものになります。

  サプライチェーン上には、製造業者、卸売業者、小売業者、市場、物流業者といったプレイヤー・行動主体がおり、彼らが意思決定を行います。

  製造業者の場合、利潤を最大にするように、商品の生産量と価格を決めます。卸売業者の場合、同じく利潤を最大にするように、商品の製造業者からの購入量、小売業者への販売量、製造業者からの購入価格、小売業者への販売価格を決めます。小売業者も卸売業者と基本的に同じような意思決定をします。

  市場では、購入価格と販売価格、購入量と販売量を決定するメカニズム、および、商品の購入量と価格は反比例するというメカニズムを与えて、購入価格、販売価格、購入量、販売量が決定されます。もう一つの主体が物流業者です。物流業者は利潤を最大にするように商品の輸送量や運賃を決めます。

 彼らの行動がある種の均衡に達するのがサプライチェーンネットワーク均衡です。

SC-MT-SNE:サプライチェーンとマルチモーダル交通のスーパーネットワーク均衡

SC-MT-SNE:サプライチェーンとマルチモーダル交通のスーパーネットワーク均衡

  交通ネットワーク上の交通状態とサプライチェーンネットワーク上の現象は、相互に影響する可能性があり、その影響が大きい場合には、交通ネットワーク上での交通状態をSCNEに組み込む必要があります。

  製造業者、卸売業者、小売業者、市場の意思決定の表現は変わりませんが、物流業者がサプライチェーンネットワーク上のプレイヤーでもあり、交通ネットワーク上のプレイヤーでもあることに着目し、利潤を最大にするように、商品の輸送量と運賃だけではなく、交通ネットワーク上の交通量と経路も決めるように拡張します。

  当然、交通ネットワーク上には旅客交通もありますので、旅客交通の交通量と経路は、ある種の利用者均衡に従うとします。これら様々なプレイヤーの最適性条件や均衡条件を導出して、それが同時に求まる点を解とするのが、スーパーネットワーク均衡モデルです。

  ちなみに、サプライチェーンと交通という異なるネットワークを統合していますので、その意味でスーパーネットワークということができ、「スーパーネットワーク均衡」と称しています。また、交通ネットワーク上では道路交通だけではなく、鉄道や船舶などのモードも考慮していますので、マルチモードになります。それゆえ、「サプライチェーンとマルチモーダル交通のスーパーネットワーク均衡」と呼んでいます。

MPEC型モデル

MPEC型モデル

  ここからがこの1年の研究の進捗状況です。先にご紹介した手法から算定される結果が、図の下の水色の部分です。商品の取引量、生産量や輸送量、商品価格、さらには、旅客や貨物の交通量などが求まります。

  これらの計算結果をベースに、交通ネットワークに関する何らかの設計変数の最適値を求める手法を構築します。上位の設計変数と下位の状態変数は相互に影響しますので、数理的には、均衡制約つきの数理計画問題になり、いわゆるMPEC型の手法になります。

  具体的には、たとえば、サプライチェーンから見て、どの交通リンクを新設・改良すればよいかを上位で求めます。あるいは、サプライチェーンから見て、どの交通リンクが脆弱か――言い換えると、どの交通リンクが途絶するとサプライチェーンに及ぼす影響が大きいかを、上位で計算することもできます。

  交通リンクの新設・改良を対象にする場合、上位は離散型のネットワーク設計問題と言うことができ、DNDPの一種に相当します。防災の観点から、どのリンクが途絶すれば影響が大きいかに注目すれば、ネットワーク途絶問題、すなわち、NIPの一種になります。以降では、DNDPの計算例についてお話しさせていただきます。

ココアSCNとTN(スラウェシ島)

ココアSCNとTN(スラウェシ島)

  以前から、仮想的なサプライチェーンネットワークや交通ネットワークを対象にして、計算を試みてきました。しかし、課題の一つとして、実際のサプライチェーンへの適用があります。実際の問題にモデルを適用したことが、この1年間の成果の一つです。

  具体的には、インドネシアのココアのサプライチェーンであり、スラウェシ島が対象です。ココアは農産物ですから、製造業者とは呼びません。関係する主体は、地域集荷商、卸売業者、輸出業者、市場です。

  スラウェシ島の交通ネットワークについて、ココアのサプライチェーンをよくするために、どのように交通リンクを新設・改良すればよいかを計算しました。資料に赤で示しているのが、道路容量拡張の候補地です。青が高速道路の新規建設、緑が鉄道路線の新規建設、黄色が港湾容量の拡張の候補地です。全部で16箇所の新設・改良候補地があります。

  基本的に地域集荷商、卸売業者、輸出業者までのサプライチェーンはこの島で完結していますが、市場は上海、ロッテルダム、ニュージャージーですので、輸出業者と市場間は国際的な輸送になります。

DNDP-Cocoa SCNE: 結果の整合性

DNDP-Cocoa SCNE: 結果の整合性

  最終的には、新設・改良について、どのような組み合わせが最もよいかを求めます。しかし、その前に、計算手法がたくさんのパラメータを有していますので、いくつかの実測データを基にしてパラメータ値を調整し、少しでも計算結果を現実に近づけるために、実際のデータとモデルから得られる推定値の整合性を確認しました。もちろん、これだけの確認で十分とは言い切れませんが、いくつかの指標について検討しました。

  一つ目は売上高に占める物流費用の比率です。残念ながら、グラフの青色、つまり実測データが平均値のみですが、平均値については良好な再現性を示しています。次に、売上高に占める保管費用の比率についてです。これは業者ごとにデータがあります。これについても、グラフにみられる程度の整合性が示されています。

DNDP-Cocoa SCNE: 結果の整合性(Cont'd)

DNDP-Cocoa SCNE: 結果の整合性(Cont'd)

  スラウェシ島マカッサルからの輸出についてのみですが、売上高に占める輸送費用の比率の実測データがあります。ロッテルダム、ニュージャージー、上海、それぞれに、グラフに示すような再現性が得られています。計算結果上の市場のシェアと実際の市場のシェアについても、グラフに見られる程度に一致しています。

DNDP-Cocoa SCNE: 計算結果

DNDP-Cocoa SCNE: 計算結果

  交通リンクの新設・改良について、どの組み合わせが最もよいかについては、何を目的関数にするかによって変わってきます。ここでは総余剰に注目します。スラウェシ島のココアに関わる地域集荷商、卸売業者、輸出業者、市場等の各主体の利潤および余剰の総和が、総余剰です。目的関数、すなわち何を最大にするかについては、費用対効果とします。新設・改良を行う場合と行わない場合の総余剰の差を、行う際に要する費用で除して、その比率が最大となる組み合わせが答えになります。

  最適解は、(1,10)という組み合わせになりました。この組み合わせは、スラウェシ島で地域集荷商、卸売業者、輸出業者が密集しているエリアにおける、2箇所の道路容量拡張です。

  比較のために、他の組み合わせもグラフ上に示しております。もちろん、これらだけを調べて答えを求めたという意味ではありません。(1,10)に近い組み合わせ、ないしは単独の新設・改良案を見てみると、やはり費用対効果では、新しく道路を作るよりは、既存道路の容量拡張のように改良を施したほうが、費用が安くすむので有利になっています。

  一方、たとえば、(14,15,16)ですが、総余剰が大きく、効果は強力ですが、多大な費用を要するので、費用対効果は低くなってしまいます。この組み合わせは、鉄道路線の新規建設と高速道路の新規建設です。総余剰増大の面では有効ですが、費用対効果を目的関数にすると最適とは言えなくなります。

粒子群最適化法(Particle Swarm Optimization: PSO)

粒子群最適化法(Particle Swarm Optimization: PSO)

  ここで、最適な組み合わせを求める計算方法についてご説明します。下位問題に相当するサプライチェーンネットワーク均衡やスーパーネットワークの均衡については、関数型にある種の設定をすれば一意な答えが出てきますが、上位問題は残念ながら厳密な最適解を求めることはできませんので、近似最適解を求めます。近似最適解の計算方法として、メタヒューリスティクスの一種の粒子群最適化法、通称PSO(Particle Swarm Optimization)を使っています。これは、遺伝的アルゴリズムやタブー・サーチなど、いろいろあるメタヒューリスティクスのなかで、最近よく使われているものです。

  PSOについて説明します。魚や鳥、資料の例では昆虫、蜂を描いていますが、彼らは個々によい餌場を探しに行きます。一方で、集団での調和を保ちながら集団としてもいい餌場を探しに行き、最終的に集団全体でいい餌場にたどり着きます。そのような求餌のアナロジーを利用した手法です。

  現在の答えを現在の粒子、すなわち、パーティクルの位置とよびます。いわば、現在の蜂の位置です。これが次にどこに移るかを考え、どんどんいいところに答えを移していきます。現在の位置に来るに至ったベクトルと、自分のこれまでの最もいい経験を表すベクトル(現在の自身の最良解)と、蜂は集団に属していますから、集団としてこれまで最もよかった経験を表すベクトル(現在の粒子群全体での最良解)、これらのベクトルの重みづけの和をとった方向(次時点の粒子の位置)に進みます。これを逐次繰り返します。

上位レベルの解法:CMPBPSO

上位レベルの解法:CMPBPSO

  PSOがなぜ最近よく使われるかといいますと、他のメタヒューリスティクスに比べて、オペレータがシンプルなので計算が速いからです。

 遺伝的アルゴリズムやタブー・サーチなど、有名なメタヒューリスティクスは他にもあります。メタヒューリスティクスは、一般的に、基本的なオペレータ、つまり基本的な演算のみでは、計算時間が小さくても、解の精度が低くなります。そこで、解の精度を高めるために、追加的なオペレータ(演算)を入れますが、そうすると今度は、計算時間が大きくなります。このようなジレンマをうまく緩和して、計算も速くしながら計算の精度も上げていく必要があります。

  この研究での工夫を説明しますと、協調操作(Cooperative approach)という、計算を速くする操作を入れています。これが頭文字「C」です。それから、集中化と多様化の加速(Modified process)を入れています。「加速」と書いていますが、計算を速くするということではなく、解の精度を高める操作です。頭文字は「M」です。また、粒子の確率的選択(Probabilistic choice)も加えています。頭文字は、「P」です。ちなみに、「B」は二値変数(Binary variables)のことです。それらを合わせたCMPBPSOという名称の方法を適用しています。

下位レベルの拡張:原材料業者の行動

下位レベルの拡張:原材料業者の行動

  下位問題についても、拡張に取り組んできました。

  災害が起こると、サプライチェーンに多大な影響を及ぼすのは、製品の部分だけではなくて、原材料の部分だったりします。たとえば原材料の生産工場が被災して、商品のサプライチェーンのパフォーマンスが落ちることが考えられます。製造業者より上流の多段階に渡る原材料業者の行動を考慮するようにモデルを拡張して、原材料業者の工場が被災してサプライチェーンのパフォーマンスが落ちるということを表現できるようにしました。

  単純に上流部分にネットワークを伸ばしただけではありません。製造業者より下流では、完成品の商品が流れていきますから、商品は形を変えません。しかし、原材料については、上流の原材料は下流の原材料に変形して、最後に一次原材料が商品に変形しますので、変形の過程を表現しなければなりません。さらに、原材料間に代替性が存在する可能性がありますので、それも表現できるように工夫を施しています。

Suppl SCNE:計算例

Suppl SCNE:計算例

  例として、ノートパソコンを模したサプライチェーンネットワークを対象に、計算をしてみました。本来は、もっと上流の、三次や四次の原材料業者が存在しますが、ここでは二次原材料業者以降を対象としています。二次原材料業者が各部品を日本、台湾、東南アジア、中国あたりで作っていて、一次原材料業者が半製品を製造します。これも東南アジア、中国、日本、台湾あたりで作っています。製造業者は日本と中国の二社のみとします。製造業者より下流の流通、販売、消費は日本国内だけを対象とします。

Suppl SCNE:被災の影響

Suppl SCNE:被災の影響

  被災の影響を計算してみました。図の赤く示した都市にある業者は被災後に儲かり、青は損することを示しています。ここでは、タイのロジャナにある二次原材料の工場が被災して、生産能力が著しく低下したと仮定して計算しました。すると、当然ながら、この業者とつながる一次原材料業者および製造業者は利潤を減らします。よく見ると、この製造業者とつながるすべての一次原材料業者、二次原材料業者のすべてが、利潤を減らします。

  一方で、それとは別のネットワーク効果が出てきます。ライバルの製造業者、および、それと連携している一次原材料業者、二次原材料業者のすべてが、利潤を上昇させています。なお、片方の製造業者の生産能力低下が、もう一方の製造業者によって完全に補完されるわけではありませんので、製造業者より下流の流通・販売業者は、全体としてやや利潤を低下させます。

今後の展開

今後の展開

  以上がこの1年間の進捗状況ですが、今後のさらなる展開について、最後にお話しさせていただきます。まず、同様の手法を用いて、交通ネットワークの脆弱性とか信頼性を計算してみたいと思っています。

  もっと大きな枠組みでの今後の展開・課題を申しますと、私が取り組んでいるのは、現象・行動の記述型のサプライチェーン研究ですが、それには明らかにデータ収集の大きな壁があります。それについては今後、既存の物流調査をサプライチェーン指向のデータ収集へと転換させること、あるいは企業データの公開を促進させることに取り組まなければなりません。しかし、それには時間がかかるかもしれません。そこで、それと並行して、サプライチェーン指向の前段として、まずはロジスティクス指向に物流の研究を変えていくことも考えています。国内外でも、その方向の有用性が指摘されており、いくつかの試みもなされています。

  輸送だけを見て、輸送だけのデータで物流が説明されることもありますが、輸送は保管や加工などと密接に関係しています。そこで、データおよび計算方法の範囲を広げて、輸送以外の機能も見て物流の研究をすることも必要です。あるいは、仮に輸送だけに着目したとしても、国際、都市間・地域間、都市内・端末というように、空間的に切り取って研究するのではなく、空間的なつながりを考えて、国際輸送なら、その背後にある都市間・地域間、さらにその背後にある都市内・端末を連携させて分析することが有効だと思っています。

  これらの研究については、またどこかで報告できる機会があれば幸いに存じます。今後ともご指導、ご鞭撻のほどお願い申し上げます。ご清聴ありがとうございました。

 

 

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