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米谷・佐佐木基金

受賞者(学位論文部門)の挨拶と受賞講演

柳沼秀樹氏

柳沼 秀樹
東京大学大学院 工学系研究科 特任助教

【 研究題目 】
都市鉄道混雑緩和のための頻度ベース経路配分モデルならびに駅構内歩行者挙動モデルの開発

  この度は、交通工学分野における我が国のパイオニアである米谷栄二先生、佐佐木綱先生の名を冠した賞がいただけることをたいへん光栄に思っております。どうもありがとうございます。

  審査していただいた先生方、私の指導教員である東京工業大学の福田大輔先生、そして修士時代の指導教員であります芝浦工業大学の岩倉成志先生に、この場を借りてお礼を申し上げます。

はじめに

はじめに

 

 

  私の研究に関しまして、簡単ですがご紹介をさせていただきます。

我が国の鉄道混雑問題

我が国の鉄道混雑問題

  我が国の鉄道ネットワークは、世界的に見ても稀な、かなり広範囲かつ高密度、そして高頻度で稼働されている交通システムです。しかしながら、東京では1950年代以降から混雑問題が過熱化しており、未だに問題となっているところです。

  1960年代の新宿駅では混雑率が289%で、乗客を押し込んでいるという状況です。現在、2005年と少し古いデータではありますが、新宿駅の混雑率は211%となっています。しかしながら、50年たった今でもこのように乗車客が押し込まれている状況で、鉄道混雑は未だに解決すべき社会問題であるという認識を持っています。

  このような都市鉄道の混雑に関して、森地茂先生は四つの混雑に取り組むべきと指摘しております。一つ目は列車内の混雑、二つ目が遅延です。これは線路内の混雑と考えることができます。この二つは鉄道ネットワーク上で発生する混雑ということで、以降はネットワーク混雑と呼ぶ事にします。一方、駅構内の改札部や通路部におけるターミナル混雑があります。最後の一つが踏切の混雑で、これはいわゆる「あかずの踏切」とよばれるような現象です。

鉄道の混雑緩和施策

鉄道の混雑緩和施策

 

  このような混雑問題に関して、これまで数々の施策が打たれてきました。ネットワーク混雑とターミナル混雑の二つの視点から整理をしてみます。

  まずネットワーク混雑に関しては、需要を追いかけるかたちでハードとソフトの両面から行われてきました。たとえば新線の整備、複線化というハード整備もありますし、車両の速度や容量の改善もあります。また運行頻度の増加、そして相互直通運転等々が行われてきました。しかしながら、過度な頻度増加、つまり路線容量を超えた増発によって、遅延が発生し慢性化しています。さらに、相互直通運転によって、遅延が他路線に波及するという相乗的な負の効果が出ています。

  一方、ターミナル混雑については、混雑箇所に対して改良を行うハード対策が展開されています。その背景には乗換時間の改善、駅内施設のバリアフリー化や商業施設の充実といったものがあります。しかしながら、このような改良事業を事前に評価することは困難です。そもそも歩行者がどのように動いているかというデータをとることが困難であり、安価に取得することができないという意味では、データ取得手法と評価手法の両方が不在であると考えています。

本研究の目的・成果

本研究の目的・成果

  このような背景の下、本研究では、ネットワーク混雑とターミナル混雑とを対象として、理論面と実務面との両面からアプローチしています。ネットワーク混雑につきましては、まず列車内混雑と遅延を考慮した頻度ベース均衡配分モデルを構築しました。続いて、構築したモデルが高速で計算できることが重要となりますので、高速演算システムを構築し、さらにそれを実際の首都圏鉄道に適用しました。

  一方、ターミナル混雑ですが、歩行者のデータをできるだけ簡単に取得できるように、画像解析技術を用いて自動で取得する手法を構築しました。さらに、ターミナル混雑を解析するために、既存のモデルとは違ったアプローチである離散選択型の歩行者挙動モデルを構築し、さらにシミュレータを開発して実際の駅に適用しました。

ネットワーク混雑に着目したモデリング

ネットワーク混雑に着目したモデリング

  まずネットワーク混雑ですが、理論的な課題として大きく三つあると感じています。一つ目は、公共交通機関を前提とした配分モデル、つまり公共交通機関の特性を明示的に考慮した手法が使われていないという実情です。既存の配分手法は、自動車の分野から発達してきた手法に待ち時間などを変数として組み込んで利用しています。本研究で使うHyperpath概念に基づく公共交通機関配分モデルは、公共交通の特性である待ち時間を明示的に組み込んでいるモデルです。

  また、ネットワーク混雑(列車内混雑と遅延)をうまく組み込もうと考えました。遅延につきましては、リンク交通量に依存して待ち時間を増加するような有効頻度という概念を導入しました。列車内の混雑については、混雑不効用関数を導入しています。

  さらに、近年では頻度改良や相互直通、列車種別等の多様な運用がされていますので、ラインセグメント(ネットワークデータ)を精緻化することでそれに対応しました。

頻度ベース経路配分モデルの構築

頻度ベース経路配分モデルの構築

  先ほど述べた公共交通機関配分モデルですが、こちらはHyperpathという概念を用いています。まず、資料の図に示していますとおり、一つの発着点に二つの路線があり、Stop AとStop Bで乗り換えが可能な簡単な例で説明します。このとき考えられる乗り方は、まずそのままStop Bまで行き、Line bに乗り換えて行くというもの、もう一つがStop Aで乗り換えてLine bに乗るというものです。ここまでは通常の経路と同じものですが、Hyperpathの概念では、この両者を組み合わせたものも仮定することができます。つまりHyperpathは乗車の組み合わせを意味する「乗車経路群」と考えることができます。

  旅客はこのHyperpathのなかで、一般化費用がもっとも小さいものを選ぶだろう、それが最適な戦略であり最適な乗り方である、という考え方に基づいて交通量を配分するものです。

期待一般化費用の定式化

期待一般化費用の定式化(1)

  まず取り組んだのは一般化費用の定式化です。スライドに示す式を提案しました。第1項は期待乗車時間、第2項が待ち時間です。こちらは先ほど申し上げた有効頻度という概念を用いて、リンク交通量に依存して待ち時間が発生するという関数を導入しています。これが路線混雑に相当します。

期待一般化費用の定式化(2)

  第3項が混雑不効用で、旅客が感じる混雑不効用を混雑率を用いて表現しているものです。これは既存の需要手法などに使われているものです。こちらは列車内混雑に相当します。最後に乗り換え時間という四つの項からなる一般化費用の定式を構築しました。

高速配分演算システムと大規模NWへの適用

高速配分演算システムと大規模NWへの適用

 

 

  このようなモデルを構築したわけですが、実務的な課題があります。Hyperpathベースの経路配分は、既存の手法よりも計算コストが非常に高いということです。とくに総計算時間のうちの9割を占めるのが、経路探索の部分です。こちらの部分について何かしらの高速化を図りたいと考えました。

  具体的に、どのようにこの配分計算を高速に行うかについて、三つの戦略を立てて実行しました。まず一つがデータのアクセス構造です。これはいかに効率的にデータを読み書きするかというプログラミング上のテクニックです。もう一つが繰り返し計算です。均衡配分ですので繰り返し計算が入ります。ここでは並列処理を用いて高速化を実施しました。さらに、プログラミング環境、利用するコンパイラや最適化のオプションによってどのような違いをもたらすかということについても検証いたしました。

並列化による計算アルゴリズムの高速化

並列化による計算アルゴリズムの高速化

  ここでは並列化の方法について簡単にご説明します。こちらの図に示していますのが、提案したモデルの計算アルゴリズムです。基本的には、Hyperpathの探索を行い、交通量の配分を行います。このときHyperpath探索は着地点ごと実行します。1回の計算が終わりますと、交通量を更新して繰り返し計算を行い、均衡状態に到達させるものです。ここで私は、Hyperpathの部分が着地点ごとに行われることに着目して、着地点ごとにCPUを割り当てる、データ並列型の処理を導入しました。

大規模鉄道ネットワークへの適用

大規模鉄道ネットワークへの適用(1)

  今回は首都圏の鉄道のネットワークを対象に、大規模なネットワークの一つとして適用しています。計算環境は、東京工業大学にあるTSUBAME2.0を使って計算しています。パラメータは、加藤先生と岩倉先生の既往論文を参考に設定しました。 

大規模鉄道ネットワークへの適用(2)

  その結果がこちらです。これは観測値と予測値をプロットした図になりますが、かなりずれてしまっているという問題があります。よく見ると、このずれている箇所は、過大推計は快速路線、過小推計は各駅路線ということがわかっていますので、今後、改善したいと思います。

  スライドの右の図は、並列化によってどのくらい計算コストが低減したかを示したグラフです。横軸がCPUの数、縦軸が計算時間です。CPUの数が増えると計算時間が低減することが確認できるかと思います。本研究で用いた60コアの計算では、約8倍程度の高速化に成功しました。

  しかしながら、本研究の課題としては、再現性が十分とは言えないという部分がありますので、パラメータの設定に関する何かしらの方法論が必要かと思われます。さらには、60コアで計算しても8倍の高速化というのは物足りないと感じておりますので、計算アルゴリズム自体を改良することも課題となります。

ターミナル混雑着目したモデリング

ターミナル混雑着目したモデリング

  これまでネットワーク上の混雑についてお話ししました。次はターミナル混雑についてお話ししたいと思います。

  まず課題として、駅空間の歩行者行動を把握するのは困難です。基本的な駅内の分析では、ビデオ画像を見ながら手作業でデータをとるというかなり高コストな作業をしています。ここをいかに自動化できるかに挑戦しました。

  一方、改良事業の事前評価を念頭に、離散選択を用いた歩行者の挙動モデルを構築して、歩行者挙動の自動データ取得システムを用いてモデルパラメータ推定を行い、シミュレータに実装しました。

  まず自動データ取得システムですが、二つのアイデアに基づいて構築しました。アイデア1は、背景差分を使って歩行者を検知し、最近傍法とよばれるもので歩行者を追跡するという手法です。アイデア2は、こちらも歩行者検知は同じ背景差分ですが、追跡部分にパーティクルフィルタという手法を使っています。パーティクルフィルタはいわゆる一般状態空間モデルと言われるものの一種で、観測モデルとシステム・モデルを逐次的に動かして、トラッキングを行うものです。

自動挙動データ取得手法の適用結果

自動挙動データ取得手法の適用結果

 左側が背景差分ベース手法の適用結果です。歩行者検知率は99%、トラッキング成功率は若干下がって83.7%です。計算時間もほぼリアルタイムで可能ですが、トラッキングが失敗した部分を手作業で直すために8時間かかるという状態でした。

 一方、パーティクルフィルタを使った手法ですが、歩行者検知率は100%、トラッキング成功率もほぼ100%です。そして計算時間もリアルタイムです。誤差を見ましたところ実距離で5cm程度の誤差に収まったので、かなり精度の高い手法が作れたと感じています。

  しかしながら、真上から見たかなり理想的な状況での実験結果を適用していますので、その効果は限定的です。そのため、駅構内とか一般的な状況により特化させた手法への改良が必要であると感じているところです。

歩行者挙動モデルおよびシミュレータの構築

歩行者挙動モデルおよびシミュレータの構築

  続いて歩行者のシミュレーションです。まず離散選択型の歩行者挙動モデルですが、これは2004年にAntonini and Bierlaireが提案した手法で、離散選択モデルを使って歩行者挙動を記述するというものです。非集計モデルを使うメリットとしては、理論性の高さを担保し、様々な変数が導入可能な柔軟性があります。さらには、データに基づいたパラメータ推定でモデル変数の強弱が解釈可能になるという利点があります。

  モデルの概要ですが、歩行者は1秒ごとに歩行挙動を選択すると仮定します。そのときの選択集合ですが、図のような扇形で記述されます。まずは速度ですが、速度を落とすのか、そのままの速度を維持するか、加速するのか、という3選択肢で表現しています。また、角度を7方向の選択肢で表現して、両者を組み合わせた選択肢空間を導入しています。これを1秒ごとにつなげることによって、各歩行者の移動軌跡を表現するものです。

 目的地が外生的に与えられていたという問題に対して、本研究では目的地選択の内生化を行いました。もちろん、内生化モデルとそのパラメータ推定を行って、シミュレータに実装しました。

改札付近での小規模シミュレーション

改札付近での小規模シミュレーション

  シミュレータを用いた何点かのケース・スタディを紹介いたします。まず、東急たまプラーザ駅の改札付近におけるシミュレーションです。このときの目的地は改札口となり、歩行者はこの改札を短期的な目的地として歩行挙動を行います。目的地選択を内生化した提案モデルでは、改札口の混雑状況によって利用する改札口を変更する行動が記述可能です。なお、端の改札は一方通行になっています。このような条件の下で、提案モデルを実装したシミュレータを適用しました。動画にありますように、途中で混雑状況に応じて目的地、つまり改札口を変更するような行動が確認でき、提案モデルの有効性が示されていると思います。

ターミナル駅での大規模シミュレーション

ターミナル駅での大規模シミュレーション

  次に、先ほどは一つの改札の部分だけでしたが、大規模ターミナル駅であるJR大宮駅を対象にシミュレーションを実施しました。この駅はプラットフォームが12本、改札口が4つ、入場口が2つとなっています。

  こちらがシミュレーションの実行状況です。歩行者は改札を通って各プラットホームに行く、もしくはプラットフォームから改札を抜けて外に出るという行動をシミュレートすることが可能となっています。さらにマクロ的な評価として、歩行者が通過した箇所を集計することで、どこが混雑しているのかを検知することができます。

  課題点として、今回は目的地を導入したモデルを構築しましたが、次は経路選択を加味して歩行者挙動をシミュレートするような、マルチスケール解析が可能なモデルに拡張したいと考えています。

本研究の成果と今後の展開

本研究の成果と今後の展開

  最後に、本研究の成果と今後の展開についてお話しさせていただきます。まず、本研究の成果ですが、公共交通機関を対象に、Hyperpath概念に基づいて混雑不効用と列車遅延を内生化した均衡モデルを定式化しました。モデルを高速に計算させるために、並列処理を提案しました。さらに、大規模なネットワークにも適用し、精度はまだ不十分ですが、使えることを確認しました。

  一方、背景差分とパーティクルフィルタという手法を統合して、リアルタイムに歩行者挙動データを取得可能としました。さらには、目的地選択を内生化した歩行者挙動モデルを定式化し、シミュレータに実装しました。

  本研究では、理論モデルを提案にとどまらず、実務への適用を念頭に置いた研究として取り組みました。

  今後の展開としては、マルチスケールシミュレーションモデルへの拡張や複数のノードからなるMPIやGPGPUによるハイブリッドなものなどを組み合わせた並列化によって高速化をしたいと考えています。さらには、今回はネットワーク上の混雑、ターミナルの混雑をどう記述するかに力点を置きましたが、どのような相互直通運転を行うか、どのような頻度を設定するのかを多段階最適化問題に拡張して、その効率的解法を検討したいと考えています。

  以上で私の発表を終わります。最後になりますが、今回の名誉ある賞に選んでいただき、誠にありがとうございます。そして、本研究を遂行するにあたって、教育を与えてくれた両親に感謝するとともに、支えてくれた妻にも感謝したいと思います。本日はどうもありがとうございました。

 

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