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米谷・佐佐木基金

受賞者(研究部門)の挨拶

井料隆雅氏

井料 隆雅
神戸大学大学院 工学研究科 教授

【 研究題目 】
交通システムのダイナミクスを理解し制御するためのデータ活用理論〜ポスト・ビッグデータ時代の交通工学〜

  この度は、たいへん名誉ある賞をいただき、誠にありがとうございます。さっそくですが、今回、受賞の理由となりました研究について、紹介をさせていただこうと思います。

 

はじめに

はじめに

 

  話の流れとしては、いま話題のビッグデータの話から入らせていただいて、そのあとどのように動的な理論などが関わってくるか、そして今後、どのようなことをしようとしているか、紹介させていただこうと思います。

『土木學會誌』

『土木學會誌』

 

  これは2013年10月の『土木學會誌』の表紙です。なぜこれを出したかというと、私は昨年『土木學會誌』の編集委員をしておりました。特集を担当しろと当時、編集長だった佐々木葉先生に命じられて、データと都市交通について特集を少し意気込んでやってみました。

  そのときに、新しい技術を紹介するのもいいのですが、データを使って交通システムを制御したり計画することは、ビッグデータと言って最近、騒がれているものの、たいへん古くから交通分野では取り組んでいました。そのような過去の事例から順番に紹介することによって、今後の流れを読者にご理解いただくことを目指していました。

年表

年表

 

   資料は『土木學會誌』に載せた年表のもとになったものです。調べてみますと、日本でいわゆる情報を使って道路等を制御しよう、あるいは計画を立てようということは、非常に昔からあることがわかってきました。

  時代が下って、たとえばVICSとかカーナビゲーションとかからもだいぶ経っています。ビッグデータと言われだしたのはここ数年ですが、そんなことを言う前から、規模は違えどそれと同じようなことをしていたということが、交通工学の実績であります。

海外の事例

海外の事例

 

  これは海外の事例で、SCOOTとよばれる適用型の交通信号で非常に有名なものです。海外の事例を見ましても、論文に、「1960年代初頭からコンピュータを使って道路をコントロールする試みがあった」とか「UTCシステムが1980年ぐらいまでには始まっていた」とあります。このように、情報を使って道路を制御することは、何もいまに始まったことではなく、1960年ごろ、半世紀ぐらい前から行われていたわけです。

交通工学におけるデータ活用

交通工学におけるデータ活用(1)

 

  いまビッグデータの活用が流行っていますが、そういうことが言われる前から交通工学ではデータを活用していたことを再認識したい。ビッグデータとか言われるはるか昔に、データを使った交通インフラの計画と運用をしていたわけです。

  パーソントリップについてもそうです。人の動きを測るのに携帯電話で測ることが流行っていますが、半世紀前には、技術はともかくそれと同じようなことをしているのです。それを使って計画する、運用することは、すでに実現しているということです。

交通工学におけるデータ活用(2)

 

  交通工学におけるデータ活用の歴史は非常に長くて、いま何か革命的に変わるわけではない。ですから、そのような技術を果たしてどのように適用できるか、データというのは何を含んでいて、どう効果的に使えるかを模索して、それによって初めて交通工学の分野でこのような新しい技術を活用できることを確認したいと思います。

ビッグデータの抱える問題

ビッグデータの抱える問題

 

  ビッグデータを活用するときにどのような問題があるのか、ここで四つ並べております。

科学的検証

科学的検証

 

  「科学的検証はできるの?」という問題は今日の話には直接関係ないのですが、交通計画というのは、通常は客観性が求められて、市民に対する説明が要求されます。いまビッグデータはかならずしもオープンになっていない。そういうものをどのようにしてオープンにしていくか、ということを課題の一つとして挙げております。

ビッグデータとプライバシー

ビッグデータとプライバシー

  今日の話で関係があるのは二つ目以降の話です。まず「プライバシーの壁をどう超えるか」です。プライバシーの話は、このような追跡型のデータを使うときの問題としてすでに挙げられていると思いますが、これに対して何らかの解決策がないかということが、二つ目の問題です。

  基本的には、個々人の交通行動ではなく、その集積したものに興味があるということを前提として、解決していけるのではないかと考えています。しかし、これは技術が発達すればするほど逆にこちら側としてはボトルネックになるだろうと、まずは認識しておくべきだということです。

データの質の限界

データの質の限界

 

  もう一つは「データの質の限界(集計vs非集計)」です。パーソントリップ調査などでは、たとえば旅行の目的や交通の流れ、人の流れとかその理由を知るために必要なことは全部アンケートで聞けますが、ビッグデータはだいたいが情報の二次利用、何か別の目的で集まったデータを流用しているだけですので、必要な情報がけっこう含まれていません。私はここ10年ぐらい車両検知器のデータを使った研究をしてきましたが、これには悩まされてきたところです。

  かなり貴重なデータなのですが、高速道路の交通量だけというのは、限界もあるところです。まず集計的な情報しか得られないということがありますし、情報が断片的です。たとえば高速道路の交通量で、一般道がそもそもないという問題が常についてまわる。あとは、たとえば最近よく言われているICカードとか携帯電話のデータもそうですが、無作為抽出とは限らないバイアスの問題も常につきまとっています。

資料 交通システムの安定性

資料 交通システムの安定性

  最後に、「交通システムの安定性」の問題について、私のこれまでの研究も含めて少し紹介をさせていただきます。

  安定性ということは、裏にはいわゆる均衡状態とよばれる交通工学の基本概念がございます。ここに出ている資料は、Beckmann、McGuire、Winstenの、均衡配分の問題を最適化問題で書けることを示した非常に有名な論文です。彼らはこのなかで、「3.3 Stability」という章を設けて、「均衡状態というものは常に安定だとは限らない。安定ではない場合、その状態からわずかでも逸脱があった場合にそこに戻らないのだったら、その状態というのは計算できても実際には実現しないのではないか。システムがいろいろなところに、あっちに行ったりこっちに行ったりしてしまうのではないか。」という可能性について、問題点として言及しています。

交通システムは安定か?

交通システムは安定か?(1)

  実際問題としては、静的な交通流モデルを用いた均衡配分問題では、そういう問題がないことは証明されています。しかし、このような静的な交通流モデルは、いわゆる過飽和、非常に混雑するネットワーク、我々が問題としなくてはいけないようなネットワークにおいては、あまり適さない。いわゆるボトルネック・モデルを使う、交通流理論を使う、そういう動的なネットワークを使わなくてはいけないことはすでに指摘されています。

交通システムは安定か?(2)

  このような動的な交通流モデルにおける均衡配分問題、略してDUEは、解くのが難しい問題です。先ほど溝上先生のご紹介のなかでは、私がどんな問題でも解ける方法を見つけたとおっしゃっておられましたが、じつはそこまで行っておりません。ある条件においてとか、それなりに絞っていかないと、なかなか解けないという問題があります。

  この動的な交通流モデルですと、安定性ある均衡解がどのようになるか、そのような研究をしたのが私のこれまでの実績です。とくに環状道路になっているようなネットワークで、均衡状態が一意に定まるとは限らないということが起こるようです。これは重要なポイントで、一意に定まるからこそ、ある需要を与えることによって将来のネットワークの状況を予測し、あるいはB/Cを計算できたのですが、それがかならずしもそうではないということ、理論的にそういう問題があることをまず示しました。

交通システムは安定か?(3)

  これは数値計算ですので、理論的な貢献等ではありませんが、やはり環状のネットワークを作って計算シミュレーションを行うと、システムが均衡状態にならない。ドライバーの経路の行動が、ある日はあっちに行ったり、ある日はこっちに行ったり、どこかに収束するのではなく、延々と同じことを繰り返してしまう問題が起こることは、数値計算でも予期されます。

交通システムは安定か?(4)

  さらに言いますと、均衡という概念は情報が完全であることが含意としてありますが、実際には、ドライバーがどのようにして経路とか目的地等の情報を得るかという問題があります。そのような情報の流れを考えると、話はさらに難しくなります。ただ難しくなるだけではなく、重要な現象として、たとえばここに挙げているような「情報のロックイン現象」の問題があります。情報の伝搬が速い場合、一見それはすべての情報を得られるように思いますが、利用者がいわゆるリスク回避型の行動をする、知らないものをとろうとしない世界ですと、だれかがしたものをみんなが真似してしまって、新しい選択肢を掘り出してそれを普及させる役割の人がいなくなってしまう。

  その結果として、資料のグラフにありますように、左のほうは情報の流れが遅すぎ、右のほうは速すぎるのですが、速すぎても遅すぎても、よりよい選択肢が選ばれる確率は下がってしまう。真ん中ぐらいがちょうどいいという可能性を理論的に示したという実績もありました。

交通運用・計画と安定性

交通運用・計画と安定性

  そのような状況において、データを使ってどのように交通制御を行うかを考えたときに、観測もそうですし、観測して処理して意思決定する部分を具体的にどのようにするかということすべてによって、我々が制御したり計画しようとしている交通システムの動学的な挙動や安定性が変わってくる。実際に、とくにデータをとってそこに介入することを今後ビッグデータのなかで考えていくと、そこがどのようなシステムなのか、どのようなデータが実際にとれて、どのようなデータがとれないのか、その状況によってこの動学的挙動はどんどん変わることになります。

不安定性が抱える問題

不安定性が抱える問題(1)

  このように運用や計画を介入したときに、安定性が起こるか起こらないかはやはり問題です。現在の世の中では、そこまで強いフィードバックをかけていないと思いますが、将来、ビッグデータなどを使う情報技術が発展したときに、大きい規模のデータを早い段階で意思決定にフィードバックするようにそのまま内部に実装してしまうと、結果的に現在は比較的安定している交通システムを効率化しようとして、不安定にしてしまいかねない。このような可能性について検証しないのは問題だろうというのがあります。

不安定性が抱える問題(2)

  これは私の研究ではなく、既存研究で知られた例です。簡単な問題で、交差点の遅れをウェブスターの式で評価して、それに近視眼的に最小にする制御を適用すると、ドライバーは経路選択によってその制御に追従して経路を変えてしまう。そのような場合には、ネットワーク交通流のパターンを不安定にする可能性がある。これは1990年代の研究です。かなり精緻にやったのは最近ですが、このような研究も実際にあるわけです。

  ですから、そのような不安定性を抱える問題をほうっておいて、いわゆる情報技術だけをとにかく推進することは、交通システムとしてはよろしくないだろうと意識しています。

解決すべき課題は?

解決すべき課題は?(1)

  さて、解決すべきことはたしかに多いのですが、まず、この図のようなフレームワークを考えます。これまで一般的に言われていたのは、交通現象をモデル化し、その上に計画運用手法をかぶせる。交通モデルの上に数理計画手法をかけて、いわゆる2段階の最適化問題、あるいは均衡制約下の最適化問題などとよばれる問題として、かつては定式化されていたものです。

解決すべき課題は?(2)

  我々がビッグデータの影響を考えるのであれば、そもそもどのようなデータがとれてくるのか。そのデータがどのように活用されるのか、データに関するモデルを新しく作らなくてはいけないというのが一つの提案です。

  これまでは現象としては交通だけがあり、計画運用があったのが、我々は交通現象を知るということについても、もっとより精緻に考えなければいけない。それがどのようにモデル化されるかも考えたうえで、すべてを考えなければいけないということです。

データとデータモデル

データとデータモデル

  今回の研究プロジェクトで、とくに私がいま取り組んでいることに関連して、データをどのようにするか、データとデータモデルというコンテキストで、以下の二つの課題を設定しております。一つ目は、先ほどプライバシーの問題もございましたが、「匿名性を担保したデータの活用のための方法論」です。もう一つは、「非集計的交通行動と集計的な動学モデルの関連を解析するための理論体系の構築」です。

匿名性+データの活用

匿名性+データの活用(1)

  匿名性の問題は先ほど述べたとおりです。ビッグデータは多くの非集計的な追跡データとして、それ自体が個人情報になります。実際に政府のほうでそのような見解が出たり、そういう問題があることはすでに社会的には認識されています。

  一般的な技術としては、そのようなデータを集計したり、あるいは意図的な劣化等によって、個人情報が漏洩するリスクを減らす。統計学的な解析によって、そのような漏洩リスクを減らす研究は情報の分野でけっこう取り組まれています。このような処理によるデータの質の劣化と個人情報の漏洩リスクのトレード・オフの最適な点について、交通システムの制御、計画と応用の場において、どうすべきかが一つの課題となります。

匿名性+データの活用(2)

  これについて、現時点での知見としてどのようなことがあるか。昨年度から科学研究費補助金の萌芽研究をさせていただいています。共同研究者の東北大学の原祐輔さん、日下部貴彦さんと一緒に行っているものです。我々が研究していたなかで、追跡データというのは、これまでとれなかったデータですので、みなさんかなり魅力を感じておられるのですが、じつは言うほど使えないのではないか。逆にリスクが高い割にリターンが少ないのではないかということをいま意識しているところです。

  いま我々のところで認識しているのは、短期的な将来、明日とか明後日とかいうレベルでの将来の交通量予測にデータを用いるのであれば、たとえ追跡を切って集計して集計データとしてそれを使っても、それほど困らないのではないか。これは統計学的にいくつかの条件がありますが、統計学的なものを使って評価したのが、資料の右下に書いてあるものです。これはまだ原著ではなくて学会発表の段階ですが、そのような研究をしています。

  結局、追跡データというのは過去のデータで、将来のことは予測しません。過去に人がこうしたから将来そう動くかどうかというのは、それほど高い予測ではないのではなかろうか。既存研究の調査から、このような途中経過を出しているということです。

集計と非集計

集計と非集計(1)

  もう一つの課題は集計と非集計です。じつは交通調査というのはマクファデン以来、非集計の調査を行い、ちゃんと一人ひとりの行動を集めてくるということを特徴的にしていますが、一方、ビッグデータというのは集計的なデータです。

  じつは10年ぐらい前の土木計画学で、私は集計的なデータで人の行動を説明して、たいへん批判を受けた記憶がございます。(笑)いまそういう研究をすれば時流に受けるかもしれませんが、あれは本質を突いた批判だったと思っております。その意味では、非集計的な交通行動とマクロ的な交通現象との関係というのは、きちんと議論をしておかなくてはいけない。しかし、データは集計的なものしかないわけです。とはいえ、そういうデータしかないから何もできないというのも、もったいない。

  そのための一つのアプローチとして、データが集計的ならば、モデルも集計的にならざるをえないけれども、そのモデルに対して非集計的な行動モデルの根拠がほしい。それをいかにつなぐかについての研究を最近、始めたところです。複数の主体のミクロ的な相互作用というもので交通は成り立っていますから、それから既存のマクロ的な動学モデルの導出をしているところです。

集計と非集計(2)

  少し細かい話になりますが、情報が伝搬することによって、人びとがどのようによりよい選択肢を見つけていくか。Day-to-dayダイナミクスはこの分野ではよく研究されていますが、交通量などのマクロ的な記述がダイナミクスで「たぶんこうなるだろう」という程度で、直観的に行われていました。それをもっと厳密に、一人ひとりの人がどのように情報を探索していって、その結果として、我々がよく使っているDay-to-dayダイナミクスがどのように導出されるかということを研究している最中です。いくらかの結果は出ており、国際会議等で発表しているところです。

ポスト・ビッグデータ時代の交通工学

ポスト・ビッグデータ時代の交通工学

  「ポスト・ビッグデータ時代」ですが、データを使った研究はいま盛んです。この分野では、たとえば日下部貴彦さんは土木学会の論文奨励賞を受賞されましたが、このようにデータをどんどん使う研究は盛んになっております。これはある意味で私が10年前に考えていたことがどんどん取り組まれてきていて、たいへんうれしいところがあります。

  ただし、やはり研究者として、先を見ていきたいという思いもあります。それをいかに使うかというときに、データの役割をきちんと知っておく、データとシステムと双方の性質を知っておく。システムというのは単純なシステムではなくて、挙動がいつも均衡にあるわけではない。データの性質も理想的ではない。このようなさまざまな問題があるものを、無理やりなところもありますが、いかに使っていくか。そのためには裏にきちんとした理論がいるだろうということです。

  そういうことを踏まえながら、いわゆる流行りものではない、本来のデータの使い方という意味で「ポスト・ビッグデータ」という言葉を作って、そういう時代の交通工学に向けた研究をしていきたいと思っています。ありがとうございました。

 
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