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米谷・佐佐木基金

受賞者(学位論文部門)の挨拶と受賞講演

和田健太郎氏

和田 健太郎
東北大学大学院 情報科学研究科 特任助教

【 研究題目 】
交通需要予測を必要としない自律分散型の動的混雑管理法:ネットワーク通行権取引制度とそのインプリメンテーション・メカニズム

 このたびは米谷栄二先生、佐佐木綱先生という偉大な先生方の名を冠した賞をいただき、大変光栄に思っております。審査していただいた先生方、また指導教員であり共同研究者でもある赤松隆先生に、この場を借りてお礼を申し上げます。

はじめに

はじめに

 

 

 それでは私の学位論文について、簡単ですが紹介させていただきます。

背景:交通ネットワーク制御の方法論

背景:交通ネットワーク制御の方法論

 私のモチベーションは、交通ネットワークをどう制御すべきかという点にあります。これまでの交通ネットワーク制御の多くは、交通需要および交通量の予測が前提となっており、これらの予測モデルの精緻化に伴って、施策・制御も詳細化・複雑化してきています。予測モデルとしましては、古典的な四段階推定法、ネットワーク均衡モデル、いまでは1台1台の車の挙動を再現するための動的交通シミュレーションモデルも開発されています。

 以上の流れで、制御手法がだんだん詳細化・複雑化していったとき、理論的には正しい制御の方法だったとしても、本当にそれがうまく機能するのかという点については、疑問が生じます。というのも、まず前提条件の正確な予測をするためには、厖大かつ正確な情報が必要になるからです。たとえばダイナミックに予測する場合ですと、時々刻々のOD需要や需要関数情報が必要になってきます。

 このような需要情報を獲得するところで一番ネックになると思われるのが、道路管理者とドライバーの情報の非対称性です。つまり、需要情報はドライバーの私的情報ですので、道路管理者がその情報を正確に把握することは困難です。そのため、信頼性のある予測を得ることもかなり難しいのではないかと思います。

 また、非常に混雑したネットワークにおいては、インプットする交通需要を少し変化させただけで、ネットワークの交通量パターンが大きく変わってしまうという予測の困難性も指摘されています。

予測に頼らないロバストなアプローチ

予測に頼らないロバストなアプローチ

 

 以上の背景を鑑みますと、予測に頼らないロバストなアプローチが今後求められると言えますが、その方法として大きく二つのアプローチがあると考えています。

 まず一つは、観測技術の発展を活用するものです。ここでは予測を観測で置き換えます。その一例がCarlos F. Daganzoが2007年に提案したMacroscopic Fundamental Diagramです。これは、各リンクの感知器情報をネットワークレベルで集計化して、その集計密度や集計交通量を従来のようなFundamental Diagramとして表現するものです。このようなMacroscopic Fundamental Diagramが実際のネットワークで成立するとするならば、マクロにネットワークを制御する際の有用な情報になりえます。

 もう一つのアプローチは、情報通信技術を積極的に活用しようというものです。ここでは従来の発想では全く考えられなかった、新たな制御の仕組みを考えられるのではないかと思います。その一つが、赤松先生が提案し、私の研究対象でもあるe-Marketを活用した未来型の交通需要管理施策「ネットワーク通行権取引制度」です。

通行権取引制度とは?

通行権取引制度とは?

 この制度ではまず、道路管理者が特定のボトルネックを特定の時間帯に通行できる権利「ネットワーク通行権」を発行します。これは道路の予約制に通じる考えで、赤羽弘和先生や桑原雅夫先生が2000年ごろにされていた研究と同様の発想です。ただし、通行権取引制度では、ドライバー自身の自由な通行権選択を担保するためにもう一つの仕組みを加えます。これが、通行権を自由に売買できる市場、通行権取引市場を創設するというものです。

通行権取引制度の基本特性

通行権取引制度の基本特性

 通行権取引制度の基本特性としては、各リンクの通行権発行枚数をボトルネック容量以下にすれば、原理的には渋滞は解消可能です。また、道路管理者が把握すべきはボトルネック容量のみで、市場取引の結果として通行権価格が決まります。これは、価格の設定のために正確な需要関数情報を必要とする混雑料金制度などとは大きく異なる特徴です。また、赤松先生の2007年の研究では、この制度を導入したのちの均衡状態として、動的なシステム最適状態が達成されることを明らかにしています。

 ただし、伝統的な交通ネットワーク均衡分析では、均衡状態を求めてその性質を調べるのみで、均衡状態を達成するメカニズムをブラック・ボックスとしている点が課題となっています。

目的:均衡分析から均衡達成メカニズムへ

目的:均衡分析から均衡達成メカニズムへ

 そこで、私の学位論文では、通行権取引制度下において、均衡状態を達成するために道路交通システムの需給双方が従うべき具体的なルールを設計することを目的としました。

 具体的には、通行権取引制度下における供給側のルールとして、自律分散型の信号制御ルールを提案しました。また、交通均衡・市場均衡を達成する需要側のルールとして、各個人の出発時刻や経路選択行動およびその集計結果である日々の交通量のダイナミクスを記述するルールや、市場でのオークション形式のルールを設計しました。

Multi-agent system構想

Multi-agent system構想

 この制度は煩雑な通行権取引を必要としますので、それをドライバーに代わって実行するインテリジェントなシステムによって現実に適用されることになると思います。そうした際のエージェントが従うルールを設計することが需要側のルールの設定という問題に対応しています。

 このシステムは、たとえば、各車に搭載されたエージェント・ソフトウェアが、自律分散的に終点到着時刻と経路を選択し、そしてその経路上の通行権の取引を代替してくれるようなものが想定されます。

経路選択状況下における信号制御問題

経路選択状況下における信号制御問題

 では、内容の説明に移ります。まずは供給側のルールです。この研究の背景ですが、経路選択を考慮した信号制御問題においては、「スミスのパラドックス」というものが知られています。これは、現在の交通状況に基づき局所的にサービス・レベルを増加させる信号制御を行った結果、短期的には状態はよくなっても、経路選択が徐々に変わる結果として、ネットワーク全体のサービス・レベルが低下しうるというようなパラドックスです。これは渋滞などによって負の外部性が発生しているためです。

 こうしたパラドックスが起こりうる中で、ネットワークを最適化する一つのアプローチは、はじめから全体を考えて最適化を目指す「Global optimization approach」です。ただし、これは非凸問題という解くのが難しいクラスの問題で、かつ中央集権的なものであり、ネットワークが大規模になればなるほど最適化が難しくなるという特性を持っています。

 これに対して本研究では、まず、通行権取引制度の導入によって渋滞つまり負の外部性を解消することを考えます。そうすることでパラドクスは生じなくなりますので、自律分散的な制御によりネットワーク全体の最適化ができるのではないかと考えました。

通行権取引制度下の信号制御

通行権取引制度下の信号制御(1)

 

 

 先ほど通行権取引制度導入によって望ましい状態が実現することを申し上げましたが、ここではさらなる利点を述べたいと思います。それは通行権取引市場を作ることで得られる新たな通行権価格という情報です。通行権取引市場が完全競争市場であると仮定しますと、需要と供給がつまり方向別の交通量と方向別の交通容量が一致する点で価格がつき、容量にいかないところでは価格が0になります。じつはこの通行権価格というものは、交通容量、つまり信号スプリットを1単位増やしたときの総交通費用の減少分に一致しているということが理論的に言えます。

  つまり、局所的な通行権価格情報ですが、そこにはネットワーク全体の情報が含まれていることになります。ですから、高い通行権がつく現示へ優先的にスプリットを配分するような信号制御を考えることができます。

通行権取引制度下の信号制御(2)

 

 

 これが具体的な自律分散型の提案信号制御ルールです。各交差点を制御する自律分散的な主体を想定して、主体は自らの交差点で得られる収入を最大化するように各現示のスプリットを決定するという問題を考えます。その結果、相対的に収入が少ない現示にはグリーン・タイムを与えないという信号制御ルールを導くことができます。

  この信号制御ルールと利用者均衡、市場の同時均衡状態の性質としては、均衡状態がシステム最適状態に一致することがわかりました。つまり局所的な情報・制御によって、ネットワーク全体を最適化できることを示すことができました。

通行権取引制度下の信号制御(3)

 

 

 さらに、信号制御ルールと利用者均衡、市場の均衡状態が瞬時に成立することはないため、どのようにして均衡状態に到達するかというところも考えていかなければなりません。

 そこで、信号スプリットを与えてその中で需要側の均衡状態が実現し、そこで決まった通行権価格を信号スプリットの最適化に利用するという、自然かつ単純な調整プロセスを想定しました。そして、その結果出てくる交通流のday-to-dayのダイナミクスはシステム最適状態に大域的に収束することを証明しました。ここまでが供給側のルールとなります。

需要側の均衡達成メカニズムの必要性

需要側の均衡達成メカニズムの必要性

 一方、需要側の均衡達成メカニズムの必要性について説明していきます。まず通行権取引市場均衡についてです。ここまでの研究では、完全競争市場というものを仮定していたのですが、これは市場取引ルールをブラック・ボックスとして扱っていることを意味します。最近、経済学の分野では、このブラック・ボックスを切り拓くマーケットデザインという理論が発展していますが、ここでは、「市場はうまく設計されたときにのみ有効に機能する」ということが念頭におかれています。

 たとえば、入札者が自分の入札額を紙に書いて申請し、その中で最高額を申請した人がその値段で落札する単純なオークションを考えますと、相手がどのくらいの価格をつけるかという読みあいが生じてしまいます。こういった戦略的な状況では、完全競争市場で想定していた結果は必ずしも実現しません。そのため、適切な市場取引ルールというものを設計する必要が生じます。

 一方で、ドライバーの出発時刻、経路選択均衡につきましても、従来は完全に合理的なドライバーを仮定していました。しかし、日々の近視眼的な行動変化の結果として均衡が実現すると考えるのが自然です。そこで、進化・学習ゲーム理論のような、限定合理的な意思決定による均衡達成理論を活用して、交通量のday-to-day dynamicsを記述することを考えました。

通行権取引市場のオークション

通行権取引市場のオークション(1)

 具体的な通行権取引のオークションですが、一般ネットワークにおける問題設定としては、各リンクの通行権を社会的に望ましくなるようドライバーに割り当てたいというのが道路管理者の目的です。ドライバーは、通りたい経路に含まれるリンクの通行権のバンドルを購入したいという目標を持っています。

 こうしたときに、どのようなオークション・ルールを設定すべきでしょうか。まずは効率的な通行権配分を達成可能であることが条件です。加えて、先ほども申したように、戦略的な状況を回避するルールが必要です。つまり他人の行動とは関係なしに、正直に市場で振る舞うことが利用者にとって最適な戦略となる市場取引ルールが求められます。この性質をstrategy-proofと言います。

通行権取引市場のオークション(2)

 以上の問題設定から素直にオークション理論を活用しますと、組み合わせオークションの一つであるVCGメカニズムが原理的には適用可能であることが分かります。これはリンクをどう経路に組み合わせるかという問題と、バンドルをどう利用者に割り当てるかという問題を同時に扱うメカニズムで、設計要件に挙げた二つの望ましい性質を有しています。しかし、厖大な数の組み合わせ最適化問題を解かなければいけないため、実装することは非常に困難だと言えます。

 これに対して、今回提案したメカニズムは、問題を分割することで実装可能性を担保しようという発想に基づいています。つまり、リンクをどう経路に組み合わせるかという経路の容量を設定する問題と、通行権のバンドルをドライバーに割り当てる問題とを二つに分けて考えることにしました。その結果、通行権バンドルを割り当てるオークションの部分というのは非常に単純な問題に帰着し、ODペア別の競上げオークションという比較的単純なオークションで実現できることが分かりました。

通行権取引市場のオークションの性質

通行権取引市場のオークションの性質

 提案したメカニズムは、リンクの通行権を予め経路ごとにまとめたパターンを与えてしまって、そのなかで競上げオークションをして、どの利用者にどの経路を使ってもらうかを決める。その通行権価格からまた望ましい交通状態にが実現するように経路容量を調整するというプロセスです。このプロセスに関して、まず各日の需要サイドのオークションは、strategy-proofかつ効率的だということを示しました。さらに、全体のプロセス、ドライバーの近視眼的な行動の集計としてのday-to-day dynamicsが社会的最適状態に収束するということが証明できました。

まとめと今後の方向性

まとめと今後の方向性

 まとめますと、通行権取引制度下において道路交通システムの需給双方が従うべきミクロなルールを明らかにしたのが、私の学位論文です。

 今後の研究展望ですが、一つは通行権取引制度のさらなる拡張です。本研究で分析した通行権取引制度というのは、すべてのリンクで渋滞を起こさないという意味で、かなり保守的な制御をしていました。ただし、実際にはそこまで保守的にしなくても、うまく交通ネットワークを運用できるのではないか、そのような方向を目指していかなければならないと思っています。こうしたときに大事なのは、効率性だけでなく、どう安定的に運用すべきかという点です。そのため、動的交通ネットワークの安定性の理論とこれまで研究してきた交通需要管理メカニズム設計技術との融合・発展を目標の一つにしています。

 もう一つは、はじめにも述べたように、情報通信技術や観測技術の発展を前提とすれば、まだまだ新たな仕組みを考えられるのではないかという点についてです。私の学位論文で扱ったメカニズム設計理論は非常にミクロな個人個人の意思決定を記述できるものですので、このような理論と最先端の技術との接点をこれからもウォッチし続け、交通ネットワーク分野の新たな展開を考えていければと考えています。

 最後は、まだまだ見通しの立っていない大きな目標を掲げていましたが、地に足をつけて、着実に研究を進めていこうと考えています。今日は本当にありがとうございました。

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