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米谷・佐佐木基金

受賞者(研究部門)の挨拶

山田忠史氏

山田 忠史
京都大学大学院 工学研究科 准教授

【 研究題目 】
サプライチェーンネットワークとの相互作用を考慮した貨物交通ネットワークの最適設計

 本日は偉大な先生方のお名前を冠した賞を頂戴し、大変光栄に思っております。まずは、選定くださいました飯田委員長をはじめとする選考委員のみなさまに、お礼を申し上げます。

  また、この研究は学生と一緒に取り組んできた成果でもございますので、学生の皆さんに感謝を申し上げるとともに、間接的なサポートをいただいた研究室の諸先生方、秘書の皆さんに対しまして、この場を借りて感謝申し上げたいと思います。

はじめに

はじめに

 

  それでは、簡単ではございますが、私がこれまで取り組んできた研究、および、今後の研究展開について、紹介させていただきます。

物流研究の概観(1991〜)

物流研究の概観(1991〜)

 

 私はよく「物流の研究をしているんだって?」という質問を受けるのですが、なかなか回答に困る質問です。と申しますのも、物流の研究と一口に言いましても、多様な研究が存在するからです。

 ご覧いいただいておわかりのように、いろいろな研究テーマがあります。主として貨物交通に関する何らかの現況分析、需要予測、最適化というものが行われてきたわけですが、国際物流、都市間・地域間物流、都市内・端末物流のように、空間別に研究が行われてきたのが大きな特徴です。

空間別貨物交通指向の研究

空間別貨物交通指向の研究

 

  これをもう少し掘り下げて見ていきます。これは家電のサプライチェーンを模したものです。まず、海外や国内で原材料や部品が調達された後、海外ないしは国内の工場で商品が生産されます。それが国内の物流拠点から流通されて、やがて国内の各所の小売店で販売されて消費されます。

 先ほど申しましたように、空間に分けて貨物交通を見てきたのが過去の研究です。このサプライチェーンを例にとると、国際貨物輸送の研究は、サプライチェーン上の海外の部品工場から国内外の商品生産工場、海外の商品生産工場から国内の物流拠点への流れを取り上げます。都市間・地域間貨物輸送の研究は、このサプライチェーン上で、国内の物流拠点から物流拠点へ、あるいは、国内の物流拠点から小売店への輸送などを抜き出します。都市内・端末貨物輸送の研究は、最下流の小売店のあたりの輸送に注目します。

 ご覧になれば一目瞭然ですが、サプライチェーンを横向けに書いたときに、過去の貨物交通研究は、それをざっくりと縦に切って見てきたのです。

貨物交通モデリング

貨物交通モデリング

 

 そのような流れのなかで開発されてきた貨物交通モデルの特徴として、貨物交通のTripに注目した「Trip-based」、貨物交通が基本的に巡回する特性、すなわち、Tourに注目した「Tour-based」が挙げられます。また、貨物交通需要の背後には物資流動が存在しますから、物資流動量から明らかにしていく「Commodity-based」のモデルも多数開発されてきました。

 空間別に、主としてこれらの手法で貨物交通の研究が進んできたわけですが、2000年代に入りまして、「Supply chain-based」という流れが生じてきました。そのような試みが実際、いくつか行われてきており、その重要性を指摘する論文も見られます。

サプライチェーン指向の研究

サプライチェーン指向の研究

 

 「Supply chain-based」がどのようなものかと申しますと、このサプライチェーンをそのまま横に見るという手法です。貨物交通需要の背後には、貨物の発生、集中、分布、いわゆる物流需要があって、物流需要の背後には、サプライチェーン上の商品の生産、流通、消費があります。それをそのまま見ていけば、貨物交通の需要メカニズムが明らかになるはずだという考え方が、サプライチェーン指向の研究の根幹です。

サプライチェーンとは

サプライチェーンとは

 

 サプライチェーン指向は自然な考え方でもあります。ここで、サプライチェーンの定義を見てみます。商品を生産するための原材料や部品を調達し、商品を生産し、商品を流通・販売させて、消費者が消費する、この一連の流れ、および、この流れに関わる主体の連鎖がサプライチェーンです。このサプライチェーン上の色々なところで、輸送や保管や荷役などの物流が営まれます。ちなみに、サプライチェーン上で営まれる様々な物流を俯瞰的に眺めて効率化するのがロジスティクスです。

  この定義から明らかなように、物流やロジスティクスの背後にサプライチェーンありということですから、サプライチェーンを把握すれば、物流もわかるということになります。

サプライチェーンの時代

サプライチェーンの時代

 

 学問や研究の分野だけでそういう方向性が卓越してきているのかというとそうではなくて、ビジネスの現場においてもサプライチェーンの時代を迎えています。

 アメリカにおける業界団体の名称の変遷を見てみます。1960年代にThe National Council of Physical Distribution Management(全米物流管理協会)という名前で発足した団体が、1980年代にはCouncil of Logistics Management(全米ロジスティクス管理協会)に名前を変えて、そして2005年にはCouncil of Supply Chain Management Professionals(全米サプライチェーン・マネジメント専門家協会)という名前に変わっています。

 これを見ても、研究や学問の分野だけではなくて、業界自体がサプライチェーンの時代を迎えていると言えます。

サプライチェーン研究

サプライチェーン研究

 

 しかし、大変残念なことに、物資流動あるいは貨物交通と、サプライチェーンを絡めた研究が進んでいるかというと、その重要性が指摘されるわりには進んでいないのが現状です。

 このスライドは研究を二つの軸で分類したものです。横軸は、右側が現象や行動を記述するタイプで、左側が最適設計するタイプです。縦軸は、上側がデータから帰納的に研究するタイプで、下側が理論から演繹的に進めるというタイプです。

 サプライチェーンの研究は、じつはORの分野では膨大な研究蓄積があります。典型的には、一つの企業あるいは企業体のために、サプライチェーン設計に関する何らかの最適化を行うというものです。これには、データをベースにしたもの、理論をベースにしたものと様々あります。一方で、サプライチェーン上で何が生じるのかというような、現象・行動を記述するタイプの研究はきわめて少なく、まだまだこれからです。

 その最大の要因は、複数の主体にわたる商品の量、価格、取引を明らかにするようなデータを入手するのがきわめて困難、もしくは、不可能に近いことです。それゆえ、基本的にどの研究者もデータをベースにした帰納的な研究を目指しますが、データという大きな壁があって、挫折してしまいます。

 正直私もやめようかと思ったことは何度もありますが、この方向性が正しいと信じて、データは簡単には入手できないとしても、理論から演繹的に取り組んでいこうと思い、現在に至っています。ですから、できれば右上の方向に進みたいと思っていますが、いまは右下にいるという状況です。

SCNE:サプライチェーンネットワーク均衡

SCNE:サプライチェーンネットワーク均衡

 ベースとなる理論は、サプライチェーンネットワーク均衡とよばれるものです。これ自体は2002年にNagurneyらによって提案されています。ただし、行動や現象を記述するために開発されたわけではありません。そこで、私どものほうでいくつか改良を加えて、現象や行動を記述するタイプのモデルにしています。いくつか改良を施していますが、大きな特徴は、交通との関わりを持たせるために物流業者を明示的にプレイヤーとして入れていることです。

 それでは、この手法を簡単に説明します。サプライチェーンネットワーク上に複数の製造業者がいます。製造業者は利潤を最大にするように商品の生産量や価格を決めます。卸売業者も同じく利潤を最大にしようとするのですが、決定するのは、製造業者からの商品の購入量、小売業者への商品の販売量、それらの購入価格や販売価格です。小売業者も卸売業者と同様です。一方、消費市場には、商品の販売価格と購入価格、販売量と購入量が決まるメカニズム、および、購入量と価格は反比例するというメカニズムを持たせます。物流業者は、利潤を最大にするように商品の輸送量と運賃を決めます。

 このように主体がたくさんいるわけですが、彼らの行動が一種の均衡に達するというものがサプライチェーンネットワーク均衡です。

交通ネットワーク均衡

交通ネットワーク均衡

 

 ただし、サプライチェーンネットワーク均衡は交通ネットワークを捨象していますので、交通ネットワークの交通状態とサプライチェーンネットワーク上での現象に相互作用がある場合には、何らかの手法で交通ネットワーク上の交通状態を組み込まないといけません。

 そこで、物流業者が、サプライチェーンネットワーク上のプレイヤーであると同時に、交通ネットワーク上でのプレイヤーでもあることに注目します。道路ネットワークの場合、物流業者は、利潤が最大になるように、トラックの交通量と経路を決めます。一方で、道路ネットワーク上には乗用車交通が存在します。乗用車交通は、ある種の利用者均衡に従うと仮定します。したがって、いわゆるマルチクラス利用者均衡になります。

SC-MT-SNE:サプライチェーンと交通のスーパーネットワーク均衡

SC-MT-SNE:サプライチェーンと交通のスーパーネットワーク均衡

 交通ネットワーク上とサプライチェーンネットワーク上の均衡メカニズムを整合的にくっつけます。それが、このサプライチェーンと交通のスーパーネットワーク均衡というものです。

 ご覧のとおり、先ほど申しましたサプライチェーンネットワーク上のプレイヤーと、交通ネットワーク上のプレイヤーが全部入っています。これらの最適性条件であったり、均衡条件と呼ばれるものが同時に成り立つ点を求めれば、それが均衡点です。

SC-MT-SNE:マルチモーダル化

SC-MT-SNE:マルチモーダル化

 当然ながら、都市間・地域間、あるいは、国際輸送を見ますと、道路ネットワークだけというわけにはいきません。乗り継ぎや積み替えを考慮しながら、道路以外の交通、すなわち、船舶や鉄道を考慮して──そうすると乗用車交通とはもはや呼べず、旅客交通と呼ぶことになります。このような変化を加えて、マルチモーダルなネットワークに当てはめることにも取り組んできました。

これからの研究――実際のSCN

これからの研究――実際のSCN

 ここからがこれからの研究です。実際にこの計算手法を当てはめようとすると、現時点では仮想的なネットワークを使わざるを得ません。もちろん、各種の統計値と整合するようにキャリブレーションを行ってはきています。しかし、これからはやはり、実際のサプライチェーンに当てはめることにトライしないといけません。その一例として、インドネシアのココアに関するサプライチェーンへの適用を試みています。

これからの研究――DNDP、NIPへの拡張

これからの研究 DNDP、NIPへの拡張

 今後の研究展開のなかで一番力を入れていますのは、先述のサプライチェーンネットワーク均衡、あるいは、サプライチェーンと交通のスーパーネットワーク均衡とかを組み込んだ、DNDPやNIPです。

 サプライチェーンネットワーク均衡やサプライチェーンと交通のスーパーネットワーク均衡という手法を使いますと、商品の取引量や価格、旅客交通量や貨物交通量などのアウトプットが出てきます。これを基にしながら、上位レベルでは交通ネットワーク上の何らかの設計変数の最適値を求めます。

 交通ネットワーク上のどのリンクを改良もしくは新設すればサプライチェーンネットワークが効率化するか。そのような観点からは、この問題はサプライチェーンと交通を対象としたある種の離散型ネットワーク設計問題、すなわち、DNDPと呼ばれるものに相当します。とくに平常時において、どのような交通ネットワークであれば、サプライチェーンやロジスティクスや物流のために有効かという研究に使えます。

 一方で、災害時を見据えますと、交通ネットワークの設計変数を、たとえば交通ネットワーク上のどのリンクが途絶するかに変えて、どのような途絶がサプライチェーンにもっとも悪影響が及ぶかという問題が考えられます。これはいわゆる脆弱性解析であり、ネットワーク途絶問題(NIP)の一種に相当します。

 平常時と災害時を分けながら、開発したこの手法で、どのような交通ネットワークを設計する、あるいは、どのように交通ネットワークが頑強であれば、サプライチェーンにとってよいのかを研究します。

 このスライドが示しますように、MPECという数理計画問題で、どちらの問題も表すことができます。ただし、この研究を進めるうえで、下位レベルは厳密に一つの答えが出てきますが、上位レベルのほうは、下位にこのような問題を組み込むと、厳密には解けなくなる状況に直面します。

これからの研究――解法

これからの研究 解法

 そこで、上位レベルにおいて、高速で高精度な近似解法の適用や開発に取り組んでいます。とくにサプライチェーンネットワークや交通ネットワークが大きくなると計算時間が莫大にかかってしまいますので、ただ単に高精度ではなくて、いかに高速で解けるかということが重要です。

 2000年代に入って、土木計画学の分野でも、メタヒューリスティクスに属する近似解法がずいぶんと使われてきています。じつはこのメタヒューリスティクスというものは、実装するオペレータと設定するパラメータ値しだいでまったくパフォーマンスが変わります。その意味では、メタヒューリスティクスを使ったから高速で高精度な解が求められるわけではありません。しかも問題に合わせてカスタマイズしていく必要があります。

 私どものグループでは、遺伝的局所探索法(GLS)が有効であるという知見を得ています。少なくともこの問題においては高速で高精度だということを確認しています。さらに、最近では確率的離散型粒子群最適化法の適用も試みています。この手法は鳥や魚、ハチなどが、非常に上手く餌場に行くことにヒントを得ています。個々の鳥や魚やハチがプレイヤーとしてベストな場所を探す一方で、群れとしてもベストな場所を探します。個々と群れとが相互にコントロールしあいながらいい場所にたどり着くというメカニズムで、そのアナロジーを利用した計算手法です。これもいま適用と改良に努めています。
この解法研究自体は、かならずしもサプライチェーンの研究に限らず、同じような悩みを抱える数理計画問題全般にあてはまるという点から言えば、より汎用的です。

これからの研究――原材料業者

これからの研究 原材料業者

 それから、とくに東日本大震災のときもそうでしたが、商品のサプライチェーンだけに注目していても、その商品の上流にある原材料や部品のチェーンが途絶すると、たちまちサプライチェーン全体が機能しなくなってしまいます。そこで、商品の流動の上流にある原材料や部品の調達のチェーンも組み込んだ手法の開発にも取り組んでいます。

これからの研究――多期間化

これからの研究 多期間化

 また、サプライチェーン、交通いずれのネットワークにも、基本的には、時間の変化に伴う動的な環境変化が起こりますから、時間軸を考慮して多期間化していくことにも取り組んでいます。

おわりに

 

 

 以上、駆け足ながら、私がこれまで取り組んできた研究、および今後の研究展開について紹介させていただきました。

 今後について申しますと、非常に栄誉ある「米谷・佐佐木賞」という名に恥じない仕事が今後できるかと言われますと、我が事ながら大変心もとないのですが、これからもご指導、ご鞭撻を賜りまして、引き続き諸活動に従事していければ幸いに存じます。本日は本当にありがとうございました。

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