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米谷・佐佐木基金

研究報告講演

大口敬 氏

大口 敬
東京大学生産技術研究所 教授

【 研究題目 】
平面交差点の幾何構造と信号制御の融合化手法の検討

 大口でございます。

 昨年、この賞を頂きまして、大変光栄に思っております。

 その時には、ある種の決意を持ってこの研究を進めようと思っていたのですが、毎日の所用に追われ、なかなか具体的な成果が得られていません。とはいえ私の中で、この方向で研究を進めようと思っていることについて、本日は少しご報告したいと思います。

1.交通信号は本当に必要か?

平面交差点の幾何構造と信号制御の融合化手法の検討

 

交通信号は本当に必要か!?

 ある時、ある人からこんな問いかけがありました。「あなたが研究している信号交差点なんて、あと何年もするといらなくなるのではないの?」と。つまり、車がどんどんIT化していく、車と車が相互にコミュニケーションしていく、そうなると車同士が、交差点で上手に連携してすり抜けあっていくことが可能になるのではないか、というのです。

 そうなると、わざわざ外部介入をして交通を整理する必要がなくなるのではないか。また、道路空間自体の有り様も今後進化していくことが考えられるので、「信号」という、ある意味、外部から常にコントロールし続けなければならないものに頼るのではなく、例えば、交通流の中で自律的に安全・効率的に交通を運用するという「ラウンド・アバウト」のような取り組みもあるのではないか。

 しかしながら、私は、ある程度、交通の集中する時には外部介入処理が必要であるのではないかという考え方に立っています。

< h5>2.そもそも交差点は本当に必要か?

そもそも交差点は本当に必要か?

 とは言え、「そもそも交差点は本当に必要か?」という議論もあります。既存の技術をベースに考えても、どんどん道路を立体化していくという考え方もあります。例えば、自動車と歩行者・自転車を分離するために「プチ立体化」を図ることも考えられます。

 しかし私は、「混在の効用」というのもあるのではないかと思っています。つまり、自動車や歩行者などが混在することで、結果的にそこで「譲り合い」や「空気を読む」などの社会性が生まれることもあるのではないかとも思うわけです。

 そのようなことを考えると、交差点というのは「必要悪」なのかなと思います。いろいろと都市で活動が集中し、土地利用の制約や景観的な面からも立体化が難しかったりするためです。

 実際に、交通事故の半数以上は交差点であることも事実ですし、交通の円滑化という観点から言うと「赤信号待ち」というのは確かにストレスです。また、交通渋滞の原因となるボトルネックが交差点であることも事実です。

3.道路の交差部=交通の要衝

道路の交差部=交通の要衝

 これは、いろいろな交差タイプを整理した資料です。いろいろ説明したいことがあるのですが、ここでは最後の一番下の「アクセス管理」の概念について少しご説明します。

4.アクセス管理の例

アクセス管理の例1

 この緑色のところが中央分離帯ですが、交差道路がある場合、地元からの要望などでその中央分離帯を切ってしまうことがあります。これは「安全面や交通円滑化の面から中央分離帯を切ることはできない」と言い切れるだけの合理的な説得力ある分析もできていないことも理由です。

 私は、学生時分に、マニラに2ヶ月ほど滞在したのですが、当時、マニラはたくさんの信号があって混雑していました。しかし、今回、実はこの授賞式直前に久しぶりに現地へ行っていたのですが、現在では信号交差点の数が大きく減っています。聞くと、中央分離帯を整備して、交差点でないところで自動車を転回させるという方針を取ったためだそうです。しかし、最近は、その迂回に対する不満もあり、再び交差点整備をするような方向もまた出てきているようです。このように、交差点処理方法には簡単な解はなかなか無いものです。

アクセス管理の例2

 これは、アメリカのハワイの例です。あるショッピングセンターの出入り口のところですが、道路へのアクセス部分にちょっとしたカーブをつける構造で、それで交通の誘導方向を心理的に制御するというものです。

 こうした試みは、ハワイ特有のものではなく、先進諸国で結構よく行われている例だと思います。このような幾何構造によるアクセスコントロールも交差点の有り様として、今後、より具体的に日本でも考えていきたいと思います。

5.交差点の計画・設計と交通費用・制御設計

交差点の計画・設計と交通費用・制御設計

 さて、ここからは正統的な平面交差点の幾何構造、制御、および施設配置の3つの側面からの研究について、少しご紹介したいと思います。

 この図は、一番典型的な交差点構造です。つまり、多車線の道路があって、右折専用車線もあります。

 交通量が多いと右折も多くなって右折と直進の事故の危険性が生じますので、右直分離と言って、まず直進左折方向の矢印信号を出しておいて、その後、右折だけ矢印信号を出すというタイプが日本で増えています。

 それから、多車線どうしの交差部をつくると広大な交差点ができます。つまり「交差面」のようなものが出来てしまって非常に大量の動線交錯がおきます。こういう交錯の空間や時間を減らしていくことが安全上は重要となります。

 このように考えてくると、交通島をたくさん設けることによって右折・左折・直進の各動線方向を分離することが一つの重要な考え方です。一方で単路部は、むしろ1車線分くらいの交通量しか実際には通行していない場合が結構あります。そうすると、実はこのように全方向に別々の車線を取れる交通需要条件の交差点もたくさんあるはずです。また、左折は信号制御せずに常時左折可という処理の仕方もあります。

 このような色々な違う交差点構造や制御について話をしている理由は、安全はとにかく維持しておきたいけれども、全方向、入ってくる方向に対して同じようにただ青丸表示だけしていると、効率の悪いところもたくさんあるということです。こうした効率と安全の取り合い、それから、このように分離することのメリット、デメリット、私は、そのあたりの体系化がまだまだ研究として不足しているし、これを実現したいと思っているわけです。

6.新しい動線分離原則の多現示制御の例

新しい動線分離原則の多現示制御の例

 次に信号灯の出し方の話です。先ほども言いましたが、直進と右折の分離信号、つまりまず直進と左折だけ矢印を出して、その後に右折だけの矢印が出ると言う交差点が日本ではいま非常に増えています。

 これはある意味で右直分離という、右折車と同時に対向の直進車に青を出さないということによって事故を避けているわけです。逆に言うと、その2つの交通しか分離できていないのです。しかし実は、全部の方向の交通を分離してしまうということも、そんなに難しいことではありません。

 そのために重要なのは、左折が別の独立車線になっていることなのですが、その実現可能性についてはすでに言及しました。歩行者は、直進と同時のときだけ青を出す。これで全ての交通に交錯がない。そして、右折の信号の時に交差方向にも左折を出してしまう。そしてまた直進を出す。そうすれば右直分離と同じ4つの現示パターンでも全部がきちんと分離できてしまうことが分かります。

 また、このように、各流入・流出部で5車線分、あるいはさらに分離帯があったりすると、歩行者はこの幅の広いところを延々と一回で渡らなければいけないので、第1現示や第3現示は、歩行者を渡すために結構長い青時間が必要な場合があります。これによって、交通が少ないのに、全体で無駄な時間ができるケースが多いのです。

 そこで、たくさん交通島を使って分離をしておけば、人の動線を渡れるところは全部渡れるように、交錯しないところは全部渡れるようにしてしまえば、交通島で安全に待機できる構造は必要ですが、もっと途中の時間で、歩行者をどんどん先に進んでおくことが出来ることになります。

 このように、交差点構造の作り込み方によって制御の仕方が変えられるはずで、私は、そのメリット・デメリットを体系化したいという思いを持っています。

7.信号灯器位置

信号灯器位置1

 さて、日本では、別に法令的な基準はないのですが、交差点の奥の方に信号が設置されていることが一般的になっています。そのため、交差点の手前の停止線で停車していると、左右の方向の信号が全部見えてしまうのです。見えないのは自分に対して対向している信号だけです。

 ということは、本来は自分の見るべき信号に従って青になってから行かなければならないのですが、ある程度慣れた人は横の信号をみていて、右折信号が出て、「あっ、右折車がもう来てないな、ボチボチ行ってしまうかな・・・」ということが出来てしまうのです。要するに、自分と交錯する方向の動線の信号灯が見えていて予測が出来てしまうのです。

 このように、日本の信号は利用者が予測できるのが当たり前になってしまっています。そのことによって「だろう運転」がたくさん生じて、「車が来ていないから、もうすぐ自分のタイミングだから行けるだろう」とか「自分のタイミングはもう終わっているけれども、まだ、次のところが来ていないから行けるだろう」とかになるわけです。

 日本では、右折の車が一台もいないのだから右折を出すのを飛ばしてしまおう、という現示のスキップという考え方はありません。これは、予測が前提になっているから信号を出す順番も変えない典型例だと思います。

信号灯器位置2

 ではどうすればいいのか、それは、交差点を越えた奥の正面に信号を置くのではなく、自分の停止線のすぐ横に信号を置くのです。ただ、すぐ横に置くと、停止線の直近に寄ると信号が真上になってしまって、見上げないと見えにくくなりますので、多くの場合横に縦置きの信号をつける必要があります。

 「信号灯を置くのだったら、停止線のそばに置け」ということが当たり前の原則なのですが、日本ではそれができていない。一方で、これはドイツの例ですが、ご覧のように3箇所に信号がありますが、全部、停止線の少し先くらいのところに置かれています。

 歩行者にとってもこのように、自分の交錯方向の信号がいつ終わるか見えないのです。ですから、しかたないから自分の正面の、見るべき歩行者の信号をみて青に変わるのを待つしかないのです。

 なぜ、こんなことにこだわっているかというと、自分の信号にだけ従って行動することによって、信号の終わり目、あるいは初めのところで、ある意味では信号法規に従って行動できるようになる。つまり「だろう行動」によって生じる危険な行動を逆に排除できるのではないかと思っているからです。

 ところが、今の日本では、「全赤」という時間が存在していて、それをうまく活用してしまっている利用者がたくさんいる。つまり、右折車がたくさん並んでいると、その終わり目で「まだ行けるだろう、行ってしまってもまだ横の信号は青になっていないから」という人がたくさんいるという実態があります。だから、私が研究で調べた交差点の実態では、驚くことに交差側が青になってもまだ停止線を通過していく例が多く見られるのです。これが今の日本の状況です。

 そうすると地元の方から、「危ないからもっと全赤を長くして」と要望されてしまう始末です。その結果、ますます皆が違反するようになるという完全な負のスパイラルになっているのが今の状況だと思っています。

8.現在取り組んでいる研究(信号制御の損失時間)

現在取り組んでいる研究(信号制御の損失時間)

 このような切り替わりで生じる無駄な時間を損失時間と言っていますが、この一回り当りの見積の時間が10秒だったら、それに依存して一回りの信号のサイクルが90秒に決まってしまうという交通条件だった時に、もしもその損失時間を8秒に短縮できたとすると、たった2秒削るだけで、同じ性能を持つ交差点のために必要なサイクル長は72秒でいいという理屈で、その結果、待ち時間を大幅に減らせられる計算になります。

9.現在取り組んでいる研究(損失時間の評価)

現在取り組んでいる研究(損失時間の評価)

 左下の絵にあるように、右折車は、青丸信号表示のうちに、停止線を越えて対向車とぶつからないところまで出て待つことができます。

 ということは、停止線より前に車が出てしまっているので、その分だけ処理台数が増えるということで、その分を時間換算することで、切り替え損失時間がどれくらい減らせるかを実証データにより分析してみました。これは昨年度も紹介した内容ですが、今年度は、幾何構造でその値を推定する一般式をつくりました。

10.切替り損失の事例計算

切替り損失の事例計算1

 ここでは、あるJunction5という交差点事例を紹介します。切り替え損失は-2.0、すなわち「損失」というよりもむしろ時間を稼ぐ(ゲイン)ことができる、という計算結果になります。以下ではこの交差点を対象にして、現行の日本のマニュアルに沿って右折処理量をサイクル当りで計算する方法による信号制御設計と、右折切替り時に損失というよりゲインの時間が確保出来る場合の信号制御設計のプロセスと結果を比較しています。

 少しゴチャゴチャと書いていますが、詳細は飛ばします。実は、日本の信号設計をする場合のマニュアル(「交通信号の手引」)があります。そのマニュアルにおいては、前に出ている車の分だけ需要から差し引きますということで、「STEP1」、「STEP2」と書いてあるのですが、トライ・アンド・エラーのような方法で、繰り返し計算をしながら整合するまで計算をするというややこしいことをしています。

切替り損失の事例計算2

 今回、私が提案している手法では、こうしたややこしい計算をする必要はなく、右折方向についても通常の方向と同様に単純な計算方法でいいこと、またゲインとなる場合も含めて損失時間を適切に評価することによってサイクル長も短くてよくなる、ということが論理的に計算できること、に大きなメリットがあります。ただし、計算結果から青・黄・赤の各表示の設定時間に変換する計算は少し複雑になります。

11.平面交差点の幾何構造と信号制御の融合化手法

平面交差点の幾何構造と信号制御の融合化手法

 以上、現在思いを巡らせていることを少し紹介しましたが、信号制御すると言うことに対しては、電気が消えたらいきなり全部停電で大渋滞になったという1年半前の経験もありますし、ラウンド・アバウトとか、先ほど申し上げたアクセスコントロールとか、交差のあり方についても、もっと思考していかなければならないと思っています。

 それから、信号制御する場合を考えた時の構造のあり方、信号灯器についても、組み合わせで考えていかなければなりません。よく交差点に導入する信号施設は安全施設だと言うのですが、これは要するに、交通量の多い状況下では、交通量が少ない状態の安全性と同じくらいを維持するためには、効率的に制御しなければいけないと言う意味です。

 そもそも、交差点にくる利用者は、なるべくスムーズに通りたいわけですから、待ち時間を短くしてあげなければなりません。しかし、この待ちを短くする制御設計、というモチベーションが、今はあまりにも足らなすぎると私は思うのです。

 私はここ何年か、待ち時間を短くするために極めて重要な意味を持つ損失時間のことに取り組んでいますが、これを研究していくと、運転者の挙動とか、法令遵守の考え方とか、社会的なルールがどう形成されるのかとか、そのあたりもかなり関連しており、なかなか奥が深いテーマである思っています。

12.おわりに

 

 以上、大変とりとめのない話になってしまいましたが、こんな分野の研究もあるということを知っていただき、また何かの機会で、この分野に興味を持っていただいて、その進捗状況などを聞いていただければありがたいと思います。

 ご清聴、どうもありがとうございました。

 

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