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米谷・佐佐木基金

受賞者(学位論文部門)の挨拶と受賞講演

原 祐輔氏

原 祐輔
東北大学 未来科学技術共同研究センター 助教

【 研究題目 】
移動時の意思決定主体の動学的特性に着目した利用権取引制度の設計とその実証

  この度は、第8回米谷・佐佐木賞(学位論文部門)を頂戴することになりました東北大学の原と申します。大変光栄に思っております。賞を選んでくださった先生方、そして本学位論文の指導教員であり、共同研究者でもある羽藤英二先生に深く感謝を申し上げます。

1.はじめに

はじめに

 

 

 それでは、学位論文の内容を簡単にご紹介させていただきます。論文のテーマは、「移動時の意思決定主体の動学的特性に着目した利用権取引制度の設計とその実証」というタイトルです。

2.研究の背景と目的

研究の背景と目的

 まず、「研究の背景と目的」ですが、近年、計画が弱まってきていると言われます。これまで都市計画では政策目標を立てるわけですが、必ずしも政策目標がそのまま実現されるわけではありません。そのため、今後、どのような計画が必要になってくるかと言えば、政策目標の実現が計画の中に内部化される制度設計が必要になるわけです。

 また、我々が考えている交通の問題は、単純に需要の増加の問題ではなく、需給の不一致の問題となります。つまり、交通需要が増加したからと言って供給量(道路建設、新規路線整備、新規交通サービス等)を増大させればいいという単純な話ではありません。道路空間という供給量の制約があって、そこでの交通需要に時間的・空間的な偏在が起こることが問題なのです。

 道路交通でいうと、渋滞問題は、朝と夕方という時間帯に混雑することが問題なのであって、必ずしも1日中混雑しているわけではありません。このような交通需要の時間的・空間的偏在をうまくデザインするようなメカニズムを設計したいという思いが、私の研究の背景にあります。

 さらに、近年、情報通信技術が進展して新しい交通サービスが生まれる可能性もあります。新しい交通サービスとは「人々の自由な移動をうまくマッチングする」共同利用型の交通サービスのことを指しています。今日は、それについてお話ししたいと思います。

3.モビリティシェアリングのコンセプト

モビリティシェアリングのコンセプト

 

 私の学位論文のテーマは「モビリティシェアリング」です。近年、カーシェアリングや共同利用型自転車は流行ってきていますが、それをもう少し幅広い概念としたものが「モビリティシェアリング」です。

 さて、ここで想定するモビリティシェアリングのコンセプトですが、それは4つあります。つまり、
1.利用者が車両を一定時間自由に運転可能な交通サービス(非軌道型)
2.あらかじめ指定されたデポ(ポート)間で移動し、乗り捨て可能なもの(手段補完性)
3.1日の中で1台の車両を複数の利用者間で利用(1トリップ性、車両の効率性)
4.利用者の移動需要のみでサービスを提供(非運転者、非配車)
の4つであり、私は、このような性質を持ったものをモビリティシェアリングと定義しました。これには、共同利用型自転車や電気自動車の共同利用などもあり、近年、日本でもこのようなサービスが増えてきています。

 では、このようなモビリティシェアリングが、都市空間にどのような影響を与えるかと言いますと、「車両や駐車スペースの共有による効率的な利用」ということと、「既存のライフスタイルにとらわれない新しい移動の提案」などが考えられます。

4.モビリティシェアリングが抱える2つの問題

モビリティシェアリングが抱える2つの問題

 しかし、このモビリティシェアリングは、実は2つの大きな問題を抱えています。それは、1)「モビリティの空間的偏在」ということと、2)「需給の時間的ミスマッチ」ということです。

 「モビリティの空間的偏在」があれば、交通需要の総量が供給量の総量を下回っていても利用できないことがあります。また、「需給の時間的ミスマッチ」があれば、車両自体が上手く運用できないことになります。

 つまり、モビリティシェアリングの本質とは、「1台の車両を複数人で利用すること」ではなく、「複数の個人の移動を時間的・空間的に接続すること」であると私は考えています。

5.利用権取引制度のコンセプト

利用権取引制度のコンセプト

 そこで、そのモビリティシェアリングをうまくつなぐために、「利用権取引制度」を考えました。

 「利用権取引制度」とは、特定の移動需要や道路リンクに対して、特定に時間帯のみ利用することができる「権利」をサービス提供者が設定・発行し、その権利を所有する利用者のみが交通サービスを利用できる制度です。

 つまり、「移動需要」をそのまま「トリップ」として具現化すると問題(交通渋滞など)が生じる場合があるので、そのため、事前に「移動需要」を表明してもらい、それに対して「利用権」を発行し、それを取引(マッチング)することで交通の諸問題の回避の行動につなげようとする考え方です。

6.本研究のスコープ

本研究のスコープ

 私の研究のスコープは、モビリティシェアリングという交通サービスを対象に、時空間的OD接続性を満たした運用を可能にするための性質について研究を行いました。

 大きく分けて、理論的な解析を行っただけでなく、実際に社会実験を行い、実証的な分析も行いましたので、理論的な結果と実証的な結果をうまく考えながら、今後10年後、20年後の交通サービスについての知見を得たいということが学位論文の目的です。

7.理論的解析の問題設定

理論的解析の問題設定

 さて、理論的解析の問題設定ですが、「自由移動」の場合は非効率な資源配分になりますし、「事前予約」は結局「早いもの勝ち」なので、場合によってはもっと効率的な割り当てがありうるかもしれません。さらに、最も使いたい人に「利用権」を割り当てるという「オークション」の考え方もあります。しかし、利用権の「オークション」だけでは実際の車の配車に無理が生じる場合もあり、これも非効率な資源配分となります。

 そこで、モビリティシェアリングの「利用権取引制度」の理論的検証を行いました。それは、「OD接続性を満たしつつ効率的な資源配分は達成可能か?」、「そのような資源配分を遂行するためのメカニズムは設計可能か?」、「その際の計算上の問題は存在しないのか?」といった視点で検証を行いました。

8.問題設定1:交通空間条件と利用時間枠

問題設定1:交通空間条件と利用時間枠

 ここからは、問題設定となります。今、車がμ台あるとして、それが独立して動くと仮定します。そして、次に「時空間ネットワーク」の接続性を考慮するとともに、1トリップの利用時間枠(離散変数)を与えることとしました。

9.問題設定2:供給者と供給量制約

問題設定2:供給者と供給量制約

 

 

 次に、こういうサービスを誰が提供するのかという問題があります。もちろん民間がサービスを提供する場合もありますが、今回は「社会的余剰の最大化」を目指すものとして公共を主体に設定しました。

 さらに、サービス供給者が所有する台数に対応して、各時間帯にμ枚の利用権を発行できると設定しました。

10.問題設定3:利用者と評価値

問題設定3:利用者と評価値

 一方、利用者は自分の移動需要と利用希望の時間帯を持ち、ODの変更は行いませんが、利用時間帯の変更を行うことが可能と設定しました。また、時間帯を変更する場合には評価値が変わるように仮定を置きました。

11.問題設定4:時空間OD接続条件

問題設定4:時空間OD接続条件

 さらに、時空間OD接続条件を設定しました、これは、各車両は、ある時間帯に使ったものは、必ず同じ場所から次の時間帯にスタートしなければならないというものです。

12.利用権割当の例

利用権割当の例

 このような前提条件のもとで、簡単な計算結果をお示ししたのがこの図です。ここに評価値というものが出ています。この評価値で社会的余剰を計ることを考えました。

13.モビリティシェアリングのVCGメカニズム

モビリティシェアリングのVCGメカニズム

 評価値の意味設定には難しいものがありますが、ここでは、オークションメカニズムの理論のVCGメカニズムを応用しました。
つまり、利用者が自分の評価値を正直に表明してもらえるといいのですが、実際には正直に入札しない場合も想定されます。それを正直に入札してもらう仕組みがVCGメカニズムなのです。

 VCGメカニズムとは、割当者(勝者)が他の人に与える負の外部性と等しい価格を支払ってもらうことで、正直表明が満たされることが証明されるというものです。

14.理論的解析のまとめ

理論的解析のまとめ

 ここで理論的解析のまとめです。この研究で重視したことは「時空間ODの接続性」ですが、その接続性を満たしつつ、利用者に正直に言ってもらうメカニズムを考え、最も社会的厚生を高める割当のアルゴリズムを設計しました。

15.共同自転車利用権システムの社会実験

共同自転車利用権システムの社会実験

 このような理論的研究をして、実際に社会的に応用可能なのかという指摘も残るので、実際に横浜で「共同自転車利用権システム」の社会実験も行いました。利用者が少し少なかったのですが、利用権をオークションで取引してもらって、みんながどういう行動をするのかということを現実の社会でさせていただきました。その中で、先ほどの理論的な問題では出てこなかった現実の様々な問題が出てくるだろうと想定しました。

16.利用権取引制度@横浜

利用権取引制度@横浜

 その仕組みですが、最初に各利用者にランダムに「何月何日の何時に使えるよ」という利用権を配布しました。それを使ってもいいのですが、不要なものは利用権市場に「売りに出しますよ」みたいな形で売りに出してもらって、もし他の人が欲しければ買いますよ、誰にも売れなかったら結局自分のところにもどってきますよという形で仕組みを作りました。それにより、売買が上手く行われれば、最適な割当が自動的に行えるという仮定を置いたのです。

17.社会実験が示す効果

社会実験が示す効果

 しかし、この社会実験での利用権取引はあまりうまく成功はしていませんでした。結局、使われない利用権が残ってしまったのです。つまり、利用・販売の場面において「意思決定の先延ばし」が出て、当日まで利用も販売もされないまま無駄になる利用権が残ってしまったのです。能動的に意思決定が行われるタイミングが不明だったためです。

18.動的なモデル

動的なモデルの必要性

 そこで、時間軸の中でどのように意思決定されるのかを明らかにするため、静的な離散選択モデルから動的離散選択モデルの応用を行い、オークション取引行動に影響を与える要素の実証分析を行いました。

 その結果、例えば、ある人は何日くらい前から「利用したい」という意思決定が上手く時間軸に上がってきていることが記述できたり、別の人は「他の人に売るよ」という選択確率が上がってきているということを、今回うまく記述することができました。

19.実証的分析のまとめ

実証的分析のまとめ

 さて、実証的分析のまとめです。

 一つは、1)実際の都市空間に共同利用型交通サービスとその利用権取引制度を実装し、社会実験として実データを得たということ、もう一つは、2)将来の利用権に対する意識決定タイミングの異質性や先延ばし行動を観測したということです。さらに、3)意思決定の先延ばしを取り扱う動学的離散選択モデルは静的な離散選択モデルよりも説明力が高いことを示し、そして4)利用権の評価値が時間に対して一定でないこと、割引因子に個人の異質性が存在することを示した、ということにまとめられると思います。

20.本論文の概念の再整理

本論文の概念の再整理

 次に、論文の概念の再整理です。1)「モビリティシェアリング」とは、複数の個人のトリップを時空間的に接続する行為のことである。2)「利用権取引制度」とは、各個人の移動需要を正直に表明することで、トリップの接続や価格設計に用い、社会的厚生を高めるメカニズムのことである。3)利用者の将来交通行動は、交通サービスの利用から得られる効用だけではなく、先延ばしの留保効果の影響を受けながら、日々交通サービスの評価は日々変動している。ということを実証的に示すことができました。

21.本研究の成果と課題

本研究の成果と課題

 最後に、成果と課題をまとめますと、「供給量の制約のある交通サービス」と「利用者の移動需要を時空間的に接続する」の2つの問題設定から「モビリティシェアリング」の利用権取引制度を理論的に整理しました。その結果として、ここに記してあるような成果と課題が得られたということになります。

22.今後の方向性:選考誘出・主観的意思決定

今後の方向性:選考誘出・主観的意思決定

 今後の研究の方向性については、理論研究だけでなく実証研究の両方を上手く組み合わせて、現実社会に役立つ交通サービスの構築を目指しています。そのため、「メカニズムデザイン」という理論モデルと「観測と実証」という行動モデルを組み合わせながら、今後の研究を進めていきたいと思っております。以上です。

 本日は、このような名誉ある賞をいただきまして、ありがとうございました。

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