人と地域にあたたかい社会システムを求めて


ホーム>公益事業情報>米谷・佐佐木基金>過去の授賞式>第7回米谷・佐佐木基金> 受賞者(学位論文部門)の挨拶と受賞講演

公益事業情報

米谷・佐佐木基金

受賞者(学位論文部門)の挨拶と受賞講演

四辻 裕文氏

四辻 裕文
神戸大学大学院 工学研究科市民工学専攻 学術研究員

【 研究題目 】
ドライバーの速度認識構造に着目した誘導型交通安全対策に関する方法論的研究

  このたびは第7回米谷・佐佐木賞(学位論文部門)を賜り、誠に有難うございます。また、この場をお借りして学位論文研究の指導教官だった神戸大学の喜多秀行先生にも御礼申しあげたいと存じます。

 それでは、今回受賞対象となりました私の学位論文研究について、甚だ簡単ですが内容を少しご紹介するとともに、研究の展望についても若干お話をさせていただければと思います。

1.行動誘導型の交通安全対策への期待

ドライバーの速度認識構造に着目した誘導型交通安全対策に関する方法論的研究

 

行動誘導型の交通安全対策への期待

 

 信号のない道路のカーブにおける自動車単体の速度超過事故の一因として、ドライバーの速度認識エラーがあると言われています。ここで言う速度認識エラーというのは、ドライバーが知覚した速度よりもカーブに至るまでの自動車の車速が高かったり、あるいはカーブの曲率から決まるカーブ通過時の安全上限速度よりもドライバーが意図したカーブ通過目標速度が高かったりといった"速度認識構造に含まれるシステマティックな誤差"のことを意味しています。このような認識エラーを防ぐための交通安全対策の一つとして、路面標示─―ここでは法定外表示の減速マークを例示していますが――に関する機能の高度化が期待されています。

 路面表示(減速マーク表示等)が現状で有する機能には、注意喚起、速度抑制の効果があると言われていますが、現状では設置箇所の道路交通特性に応じてその規格が設計されることはほとんどありません。その一方で、設置個所のカーブ曲率等に応じて表示の横線間隔を徐々に狭くあるいは広くするといった配列操作を行うことによって、そのカーブに即した適正速度に至るまでドライバーの運転行動を誘導することができるのではないかと期待がもたれています。

2.問題の認識

(問題の認識) メカニズムがよくわからない

(メカニズムがよくわからない) 

 路面表示の配列操作がもたらす運転行動の誘導に関する心理仮説として、一定の車速に順応したドライバーが横線間隔を徐々に狭くした路面表示上を走行すると、「加速の速度感」とでも言うべき"illusion of acceleration"によって減速が誘導されるという仮説が古くから提示されていて、実証もなされてきました。

 本研究では、次の二つの点に着目して、その誘導のメカニズムを記述できないかと考えました。従来は、この心理仮説の実証研究はあるのですが、誘導メカニズムはよくわからないからです。路面表示がなくてもドライバーはカーブで減速するのでその速度選択行動を考慮しなければならないという点、あるいはillusion of accelerationを現象としてブラックボックス化するということをしないで明示的に扱うという点に着目して、メカニズムの記述を試みました。このとき、ブラックボックス化しないために、本研究では「視覚を介した速度知覚」と「知覚速度に基づく速度選択」という二つに着目しました。

(問題の認識) 分析の道具立てがない

(分析の道具立てがない) 

 カーブでは、ドライバーは速度を慎重に選ぶ余裕がないにせよ、速度超過事故などの事故リスクは避けたいはずだと考えられます。ですから、そのような状況下でも速度選択にはなんらかの合理性が関与していると考えることができます。とはいえそのような合理性を仮定しても現実には速度超過事故は起こってしまっているので、それはなぜかと考えたときに、ドライバーは、速度は合理的に選んでいるけれども、速度認識に構造的なエラーがあるのではないか。あるいは、速度認識エラーが生じやすい幾何構造のカーブが混在することによって速度超過事故が生じるのではないか、と考えました。
このような速度超過事故に対する予防策として路面表示の機能高度化に着目して設計するには、それがもたらす適正行動誘導効果を推量する必要があります。その際には、ドライバーの「速度知覚」の構造分析と「速度選択」の行動分析の手法の橋渡しが必要になると考えられました。

3.学位論文研究の目的

学位論文研究の目的

 

 ここで,学位論文研究の目的ですが,カーブ通過時の自動車単体の速度超過事故の一因である速度認識エラーの構造について解明を試みるということと、ドライバーに対する視覚刺激情報量の操作─―ここでは路面表示の配列の操作を想定していますが――を通じて適正速度の運転へとドライバーを誘導するような事故予防策に着目し、その効果が発現するための行動誘導メカニズムを検討するのに必要となる分析フレームを構築するということを以て、誘導型交通安全対策の評価方法論を提案しようというものでした。

 そして、そのメカニズムを記述するのに、視覚を介した速度知覚の構造モデルと、知覚速度に基づく速度選択モデルを記述することになりました。

4.方法論の枠組み

方法論の枠組み

 方法論の枠組みについてですが、対策を施す箇所の特性――図中ではカーブ曲率のことですが――並びに速度超過事故のリスクを、本研究では簡単のため速度という尺度で以て表現しようと考えまして、図のような速度認識構造の構成概念を設けています。

 図中で、客観的な値については、カーブ曲率から決まる安全上限速度と、カーブに至るまでの自動車の実際の車速に着目しました。主観値については、カーブに進入する前に抱くカーブ通過時の目標速度と、走行中に車速の相対速度で以てドライバーが視覚的に知覚した速度に着目しました。

 そのうえで、対策を施す箇所の特性はカーブ曲率や片勾配や摩擦係数等から算出される安全上限速度で表現し、速度超過事故リスクは先ほどの速度の変数の客観値と主観値の差で表現することを考えました。

5.カーブでの速度認識エラーの構造分析

カーブでの速度認識エラーの構造分析

 カーブでの速度認識エラーの構造が実際にどうなっているのかを分析するため、ドライビング・シミュレータを用いた走行実験を行って、「速度超過のヒヤリ」を疑似体験するような走行を再現しました。認識エラーの構造仮説を幾つか設定し、実験データを用いたパス解析を通じて帰納的に仮説検定をしてみると、図のような解析結果が得られました。左カーブと右カーブのパス図の中で、左上に示した^ν0がカーブの曲率から決まる安全上限速度ですが、この値が1単位小さくなる──つまりカーブがきつくなる――場合には右上にある実際の車速 がどの程度減速するのかを分析してみますと、左カーブでは右カーブにくらべてあまり減速しないという結果になっています。つまり左カーブにおいてとくに誘導型対策が有益ではないかということが示唆されたと考えています。

6.視覚を介した速度知覚の構造

視覚を介した速度知覚の構造1

 次に、具体的に分析フレームを構築していくわけですが、まず視覚を介した速度知覚の構造をモデル化するために着目したのが視覚心理学における速度知覚の理論です。視覚心理学では、前方に移動する人間は、移動速度の相対速度で以て目にみえる流動そのものからその移動速度を知覚できることが知られています。ここではドライバーの目とドライバーが知覚する路面上の視覚刺激についての幾何構造を簡単に表しているのですが、視覚刺激の速度と網膜投影像の速度の関係を表しています。ただし、この図はドライバー主体の図として描かれており、車を運転して前方に移動すると、路面上の視覚刺激が手前に動いてくるように見えるということを表しています。そのときに、視覚刺激の速度と網膜投影像の速度には、視線が直線であるので歪みは生じないということから線形関係が成り立っています。したがって、この速度知覚理論をそのまま適用すると、速度認識の構造的なエラーは記述できないということになります。

視覚を介した速度知覚の構造2

そこで、この速度知覚理論をベースにして構造的エラーを記述したいということで、速度知覚ではなく距離知覚の歪みを仮定して、感度のパラメータ──感度というのは本研究で使っている言葉ですが――を導入して、そのパラメータ値が2のときに歪みがない状態を表すような関数形を仮定しました。なぜそういうことをしたかというと、知覚心理学の仮説のひとつに、前方に移動する人間が前方にみえる距離を知覚する際には必ずしも実際の距離比を知覚するのではなく"ニアミス型Weber比"というものが一定になるようにして知覚するという仮説があり、それとの整合性を図るために、このような関数形を仮定しました。

 一方、交通工学では、同様の移動主体の距離知覚に関して"Weber比"が一定になるという仮説が一般に知られており、ある距離の範囲ではその仮説の説明力が高いということも知られておりまして、それとの整合を図らなくてはいけないということで、その整合を図ることが、この感度のとる値の範囲で代用できるということが演繹的に導かれました。

 したがって、前進する車両のドライバーの前方距離の知覚に関してニアミス型Weber比一定仮説を前提としたうえで、先ほどの図にありますような路面上の視覚刺激の速度とその網膜投影像の速度の幾何学的関係を展開していくと、このような式が出てきます。これを速度知覚構造モデルと呼んで、このモデルを使って誘導メカニズムの記述を行うことにしました。このモデルにおいては、Lというのが操作変数になります。このLは、ドライバーがある速度で時間単位あたり前方に移動した際に路面表示のある横線が手前にどれだけ動いてみえるかを表す変数であり、路面表示の配列を表しているもので、これを操作することで路面表示の配列操作がもたらす速度知覚構造への作用が定量的にわかるのではないかと考えました。

7.知覚速度に基づく速度選択

知覚速度に基づく速度選択1

 次に知覚速度に基づく速度選択のモデル化の部分ですが、本研究で考えたのは、知覚速度で規定される評価関数というもの――ここでは便宜上「効用」という言葉を使って「速度効用関数」と呼んでいますが――を用いて表現できないかということです。

 先ほど説明した速度認識エラーの構造分析におけるパス解析において、カーブ進入前の目標速度^νsは分布するという結果が判明していました。ですから、速度を離散的に扱いつつ、νsを条件にもつ「ランダム効用に基づく離散選択モデル」を援用して、速度効用関数を同定することで、カーブの安全上限速度の選択確率がもっとも高くなるように規定される速度効用関数を代表的ドライバーの速度選択行動のモデルとして仮定することを考えました。

 その際、モデルの誤差項をどう考えるかということですが、本研究ではデータ取得時に知覚速度を発話で得るのですが、その発話する際の知覚誤差であると解釈しました。

知覚速度に基づく速度選択2

νsを条件にもつ速度効用関数は、速達性に関する部分効用と、安全性に関する部分効用との合成効用として表せるような関数形を仮定しました。速達性に関する部分効用については速度に関する単調増加関数を仮定しておりますが、安全性に関する部分効用についてはリスク回避性向を考慮したかたちで単調減少関数を仮定しております。

 ここでは、低速域では速達性が安全性を上回ることで速度が高くなるにつれて速度効用は上昇する一方、速度がある程度高くなると、高速域では安全性が速達性を上回ることで速度が高くなるにつれて速度効用は低下すると仮定しました。あるカーブ手前の路面上に敷設した路面表示を低速域で通過してもカーブでは速度超過事故に陥ることは考えにくく、むしろそこを高速域で通過した際に事故リスクが高くなると考えられることから、特にこの関数形でいうところの高速域の速度効用に着目して、速度出し過ぎの不効用を工学的に与える方策のひとつとして路面表示を位置づけることを考えました。

8.行動誘導メカニズムの記述(概念図)

行動誘導メカニズムの記述(概念図)

 以上のような道具立てをして行動誘導メカニズムを記述したものを図示したのがこの概念図です。第1象限では、横軸が知覚速度を表し、縦軸が速度効用を表しておりまして、この関数が速度効用関数を表しています。第4象限では、値を対数変換しており、第3象限では、速度知覚構造を表しております。第3象限に示した@ABは、第1象限の@ABに各々、対応しております。

 今、第3象限において順に@、A、Bと説明しますと、最初に説明したとおりドライバーは路面表示がなくてもカーブで減速しますので、その減速時の実速度と知覚速度のデータを取得すると、紫の線で表される関係が得られます。この関係においてLを路面表示の当初の配列のあるライン間隔比とみなします。そして、第1象限において、それに対応する速度効用の値は、^ν0とν1sという速度で規定される速度効用の値ということになります。今、仮にドライバーが抱くカーブ目標速度が^νsであり、そのもとで第1象限に示したような速度効用関数が同定されたとすると、実速度がカーブの安全上限速度よりも高いならば速度超過事故のリスクがあるため、なんとかこの実速度を安全上限速度より下側にもっていきたいということで、どうするかというと第3象限にあるこの赤のAのようにカーブの配列を操作するということを考えます。速度知覚構造モデルのパラメータが既知ならば、第3象限のこの紫の線を赤の線に変更するためには配列をどの程度操作すればよいかということが導き出されます。そのもとで第1象限をみますと、当初はν0oからν1oまで減速したのに、路面表示の配列を操作することで、知覚速度がν1sまでしか減速しないということで、その部分の効用差が不足する。その不足分を補償しようとしてドライバーは知覚速度を減速することを選択するということを通じて、結果的に実速度が減速し、この緑の線が実現することになります。ということで、この概念図ではうまくこのように説明できるように速度知覚構造モデルの傾きを描いていますが、路面表示の設計においては、そのような傾きが得られるように路面表示のライン間隔を操作していけば、目標速度の下側に実速度を誘導できると期待できます。

9.計算例

計算例

 

 

 簡単に計算をしてみました。ドライビング・シミュレータの実験データを用いています。知覚速度に対して実速度がいつも高い状態にあるということを示しており、右下に図示した「配列の操作」のように、先ほどのメカニズムを適用して当初の配列から赤の線の配列のように操作を施しますと、右上に図示したような「illusion of acceleration」の影響によって、左下に図示したように、当初の実速度の青の線が赤の線のように下がるということで、この例では安全上限速度の時速50キロメートルを下回るように実速度を誘導できたという計算例となっています。

10.今後の課題/研究の展望

今後の課題/研究の展望

 最後に今後の課題です。減速マーク表示を対象とした場合に、設置個所特性に即してライン間隔をどのように設定するかということの他に、例えば指数関数型や周波数一定型といったその配列の仕方も設置個所特性に即して最も効果的なものが存在するのか、あるいは知覚速度で規定される速度効用とリスク回避の関係について、本研究で仮定したような凹関数が実証的に妥当であるか、さらには路面表示の配列の設計更新のタイミングと表示上を通過するドライバーの速度知覚の慣れ・恒常性との関係や、発話による速度知覚データの取得といった実験計画の妥当性の検証などの課題が残されています。

 研究の今後の展望ですが、一つめは、たとえ路面表示の配列操作によって実速度の平均値は目標速度内に誘導できたとしても、そのバラツキが大きいならば事故リスクが高くなることが懸念されることから、果たして配列操作によって実速度のバラツキもコントロールできるのかという点についてです。二つめは、路面表示上を通過する車群を考えた場合にライン間隔を急に狭くすると先頭車両の減速が後続車の追突を誘発する可能性がありますので、そのような設計過剰がないような配列条件を解明するという点についてです。三つめは、路面表示のライン間隔を徐々に広くするような配列操作によってドライバーの加速が誘導できるならば、高速道路のサグ勾配の変化に応じて先頭車両の加速を誘導できるような路面表示が考えられないかという点についてです。幾つかについては現在研究を進めております。

さいごに

 

 以上、甚だ簡単ではございますが、この辺りで私の学位論文研究のご紹介を終えたいと存じます。本研究は不足している点や今後詰めていかなければいけない点がまだまだたくさんありまして、さきほどの研究展望を見据えつつこれらの点について今後とも引き続き研究をしていきたいと考えております。ご清聴ありがとうございました。

  • 公益事業情報TOP
  • 米谷・佐佐木基金TOP
  • 選考結果
  • 過去の受賞式
関連リンク

情報化月間はこちら


ページの先頭へ