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米谷・佐佐木基金

受賞者(研究部門)の挨拶

大口 敬氏

大口 敬
東京大学 生産技術研究所 教授

【 研究題目 】
平面交差点の幾何構造と信号制御の融合化手法の検討

  このたびはたいへん栄えある賞をいただきまして、光栄に存じております。

 今回提出させていただいた私の業績について、内容のご紹介と、いま私が主に取り組んでいる内容について少しお話をさせていただければと思います。

これまでの研究 ―契機・転機

これまでの研究

 

(これまでの研究)契機・転機

 さて、私が交通工学に取り組むようになったきっかけですが、私は東京大学の土木にいて、1987年、大学4年に進学した年に、越正毅先生が講義された「道路交通工学」という授業をとりました。私自身は車が好きで、夜な夜な峠を走りに行くようなことを学生のころはやっていましたので、この分野に興味を持ちました。

 実は、卒業研究は違った研究をしていたのですが、大学院の1年の時に東京大学生産技術研究所の当時の越・桑原研究室に入れていただくことになり、その時、研究室のOBでいま千葉工業大学の教授をされている赤羽弘和先生から、「こういうデータがあるから分析しないか」と誘われたのです。そしてトンネルに入る前と入ってからとでドライバーの挙動にどんな変化があるのか、実験車両を使ってデータをとってくるということをやり始めたのです。

 これが、Car Following Model、車両の追従挙動モデルについて勉強するきっかけとなり、修士論文のテーマとなりました。

 さらに、私は1990年の4月から博士課程に進学し、高速道路の渋滞問題を研究テーマとし、越先生や桑原先生からご指導を受けて研究を進めるようになったのです。

 このような経緯で、私は気が付くと、高速道路の渋滞あるいは追従挙動、単路部の渋滞問題などにすっかりはまっていたということです。その後、少し自動車会社に勤めましたが、そのあとは東京都立大学におりました。

 東京大学の生産技術研究所の桑原先生の下で1996年からITSに関する研究が定常的に行われ、2003年からは「サスティナブルITS」と呼ばれるプロジェクトが始まりましたが,私としては大変ありがたいことに、これらに私も誘っていただいて、そのような中で、いくつかの技術開発や分析のようなことをさせていただきました。今日は、その内容も含めて,いくつかのこれまでの研究内容を紹介いたします。

これまでの研究 ―背景

(これまでの研究)背景

 

 細かい話をしてもすごくマニアックですので、ざっくりとだけ申しあげます。勾配が下りから上りに変わるようなところを「サグ」と言って、合流も分流もないのに渋滞してしまう。トンネルの入り口もそういう特徴があります。車が増えてきて、追い越し車線だけ交通が増える。車が塊になってしまう。そういう中で速度がいつのまにか落ちて、あるいは車間が詰まるのに耐えきれなくなって、ブレーキがますます踏まれる。このようなことを減速波の上流増幅伝播と呼んでいます。それでいつのまにか渋滞になってしまう。

 これはタイム・スペース図です。なにもなくて勾配が変化しているだけですが、時間とともに低速のショックが起こって、そこから渋滞になってしまう。このようなことを現場にバルーンを上げに行って観測するなどのことをしていました。

これまでの研究 ―実験車両

(これまでの研究)実験車両

 

 このような挙動について、追従挙動の数学的なモデルを作り上げることで、ミクロの積み上げから説明できるようになりたいという思いがありました。追い越し車線はだんだん車が集まりますので、先ほど言った挙動には、追従だけではなく車線変更も関係しています。このような挙動の実態をきちんと調べようと思うと、けっこう難しかったのです。

 図の車両は実験車両ですが、このようなものの開発を、2003年からのプロジェクトの中で、私も入れてもらって行いました。

 その昔、私が学生だったころと、要素技術が大きく違っているのは、GPSによって場所がかなり厳密にわかるということです。ただし、測量で使われているキネマティックの方式は、動いていると、一瞬オーバー・ブリッジの下を通っただけで測量ができなくなってしまいます。これをどうにかしてロバストにある程度の精度を維持し続けるにはどうしたら良いかみたいなことで、少しソフトウェア的なアルゴリズムによってこれを実現しようと考えました。

 あるいは車両の速度の情報や車間距離の情報も位置の情報と組み合わせて、できるだけ正確な情報にしていこう。それから、周辺車両との関係をカメラだけではなくレーザーなどでも測る。このように多重系で測ることで、なるべく真値を推定しようという技術開発をしておりました。

これまでの研究 ―仮想実験環境in阪大

(これまでの研究)仮想実験環境in阪大

 

 それから、実験車でデータをとってきても、先ほどのタイム・スペース図の中だけで100台ぐらい車が入っていますが、人によってぜんぜん走り方が違うのです。個人差があるものですから、実験車で観測をしただけでは、その車のこと以外の全体的なことはなかなかわからないということがあります。とくに個人差を知るのは非常に難しい。

 そういう中で、2000年頃から、大阪大学の飯田克弘先生にと一緒に取り組んだのが、ドライビング・シミュレータを用いた研究です。それまでドライビング・シミュレータと言うと、1台のドライバーの挙動を観測する使い方が主でした。しかし、だいぶ技術レベルも上がってきて、交通流の中の体験ができるような仕組みが作れそうだということで、そういう取り組みをしてきました。

 一人のドライバーで自分の後ろを何度も走る。一人の被験者に20回ぐらい走ってもらうと、20台ぐらいの同じ人のドライビング挙動の車両群ができる。これを「クローン」と呼んでいますが、そういうものを作ると、個人特性が積み上がると何が起こるかということが少しわかるのではないかと考えました。

 それから、当然仮想実験ですので、勾配の条件を複数いろいろ設定することができますから、同じ人が違った条件で走るとどう違うか、個人が違うとけっこう図の模様が違うとか、勾配が違うと模様が違うというあたりから、それを分析していく。そういうことがある程度できそうだということをこのときに検討しました。

これまでの研究 ―仮想実験環境in東大

(これまでの研究)仮想実験環境in東大

 

 また、先ほどご紹介したサスティナブルITSの中で作られているモーションのついたようなシミュレータを使わせてもらって同じような検討をさせてもらっていますが、このときには、このシステムの検証のために実験車で走ったものとシミュレータとの比較をするということもしています。

 とくに、勾配差があることでだんだん減速が起こる。では、勾配差がドライバーの挙動にどのような影響を与えているか、実際にここでの実験のデータからモデル化するということをやりました。やはり勾配が変化してすぐには反応できないけれども、だからといって勾配の変化がずっと影響し続けているのではなく、だんだんとそれをキャンセル・アウトして、勾配がなかったかのごとく運転していく。どうもそういう特性がありそうだみたいなことが、この時にはわかってきました。

これまでの研究 ―車線利用率対策

(これまでの研究)車線利用率対策

 

 もう一つは、少しアプローチが違う話ですが、こういう渋滞にどうやって対応しようかという対策の問題です。メカニズムの一つとして、たとえば片側に二つある車線の道路が有効に使えていないということが、ボトルネックの一つの特徴です。追い越し車線側だけパンクしてしまいますが、走行車線はけっこう余っていますので、もうちょっとこれを両方均等に使ってもらえないかということです。

 たまたま東名の片側3車線の区間で集中工事をやるときに、一番左をふさいで、その集中工事区間が終わったらもう一度3車線を使って、そのあと今度は一番右側をふさいで、また一番左をふさぐみたいな互い違いの工事をやっていました。これは見方を変えると、車線を規制している区間が2車線区間で、規制が終わったところは付加車線がついたように見える。また規制がかかると2車線区間に戻るみたいに見えるのです。そこで、ここで現地観測をすれば、付加車線がついたりなくなったりすると何が起こるかがある程度推定できるだろうという考えで実態調査をしました。

 付加車線について考えますと、日本では登坂車線方式と言って、左側に車線が増えて、また左の車線がなくなるというのが普通です。それから、普通に車線を増やそうということで、ドライバーの挙動に合わせるのであれば追い越しさせて戻る、右側につけて右側をなくすというのも、ある意味でドライバーの挙動に対しては一番スムーズな仕組みです。しかし、いかんせん右から左に戻る時に車がビュンビュン来ていると、左に入るのはとても怖い、危ない。そういう中で、ではその「いいとこどり」をしたらどうか。右に車線を追加して左から絞ったらいいのではないか。そういうことで、試算してみた研究がこれです。

現在取り組んでいる研究 ― 信号制御の損失時間

(現在取り組んでいる研究)信号制御の損失時間

 

 このようなわけで、車好きが高じて高速道路の研究をやっていて、正直に言って、ある意味では単に「おもしろいからやっている研究」的な側面がかなりありました。そのような中で、現在は少子高齢化が進んできて、お年寄りのドライバーも増えてきました。車も運転しやすくなりました。だいぶ多様化してきたのではないかと思います。

 それからもう一つ思うのは、海外と比較して日本の街路の交通運用はいろいろ遅れているのではないかと思うのです。それは街の状況がだいぶ違う。日本では、人がたくさん歩いていて、自転車も歩行者のような車のようなという形で非常に多様化している。その中にあって、一般街路を安全で円滑で楽しくて快適な場にしていくために、もっとやらなければならない研究があるのではないかと思うようになったわけです。

 そういう中で、またすごくマニアックなところに寄っていますが、信号の作り方、設計のされ方が、一利用者の感覚として、「車が来ていないのに、どうして信号が変わってくれないのだろう」などと思うわけです。

 そういう中で、損失の時間を1現示あたり1秒でも削ることができるのであれば、実は交通の効率性を同じだけ持つために、サイクル長は18パーセントも減らせるという計算が成立します。ですから、ここの損失時間が本当にいま必要な分だけとられていて、必要以上に長くはないということをきちんと評価することによって、もっとサイクル長を短くして、効率性が上がるのではないか。このようなことを考えて現場でやっているという話です。

現在取り組んでいる研究 ― 損失時間の評価

(現在取り組んでいる研究)損失時間の評価

 

 右折する車は、青のときは停止線を越えて交差点の途中で待っています。待っていて、対抗の直進が抜けたあとに走り出すということをすると、実はもうこの車は停止線を越えていますから、停止線を何台通過できるかという台数は、停止線で観測していたのではわかりません。これをある程度単純な理論化をしてやって、停止線での台数に置き換える。それを停止線で、飽和交通流率で流れるという有効青の時間として推定しようということを計算してみたのです。そうしますと、直進の有効青が終わったタイミングから、次に右折が停止線で流れてくる有効青の始まりの時間まで何秒かムダがある。これを損失と呼んでいるわけです。

 ところが、そういう仮定のもとで分析をしてみると、いろいろと構造の違う5か所で観測したのですが、計算された損失時間の値が見事に全部マイナスの符合が付きました。これは何を意味するかというと、緑の線が始まるタイミングは青の線が終わるタイミングよりも早い。左にあるということです。すなわち、ここで信号が切り替わることで損失が発生する、損失が発生する分サイクル長を大きくしないとある効率性は確保できないというのが単純な基本理論ですが、ここでは実は損失は発生しない。むしろゲインになっている。だったらその分サイクル長は縮めることができるのではないか。こういう計算が成立するだろう。このようなことを分析したりしています。

現在取り組んでいる研究 ― 今後・・・

(現在取り組んでいる研究)今後・・・

 最後に、私の挑戦的な取り組みとして、今後のことについて書かせてもらいました。

 いろいろ調べますと、日本の交通の制御に関するマニュアルなどで考えられている方法論が、どうも往復2車線だった時代の残骸になっている。現在では、日本も都市部が発達して都市計画道路もそれなりにできてきている。そういうところで本当に適切な制御をしているのか。そういう車線数が十分にある道路を考えれば、交差点においてどのような設計手順があるべきか。

 実はそういうことは、制御のマニュアルの最初に書いてあるのです。ところが、実務的な手続きに入ると、いきなり左折車と歩行者に同時に青を出すのが標準になっていたりしている。非常に矛盾したマニュアルに今はなっています。車線数があると方向別に車線を分けたりできますので、そういうことが可能になるはずです。そういう場合に、どのような設計手順にすべきかということを、もっと体系化すべきだろうと思って、取り組みたいと思っています。

 あるいは、そのマニュアルがだんだん複雑になっていて、何度も繰り返し計算して落ち着いたらいいよというのだけれども、それがほんとうに整合しているかのチェックはどうなっているのか。このあたりも見通しをよくしたいと思っています。そして、先ほどの損失のようなものをきちんと評価してサイクルが短い設計をうまく導けるようにしたいと思っています。

おわりに

 

 

 このような思いの中、信号制御だけではなく、まちづくりをもう一度見直せるような取り組みもしたいと思います。たとえば歩行者も自転車も同時にみんな交差点で道路を渡っているのですが、場合によっては歩行者がいない交差点というのも、まちづくりの中であり得るのではないかと思っています。これは歩行者が歩くべき空間をどのようにまちの中でネットワークとして設計するかということと、活動する場所のようなものとの関係で考えられるのではないかと思っています。

 こうしたまちづくりにつながるような道路部の運用と制御に切り込んでいくという宣言をさせていただき、私がいま取り組んでいる内容のご紹介とさせていただきたいと思います。

 以上で私の発表を終わります。本当にありがとうございました。

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