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米谷・佐佐木基金

研究報告講演

藤井聡 氏

藤井 聡
京都大学大学院工学研究科 教授

【 研究題目 】
地域活力増進を通した都市・地域社会改善に関する社会的都市交通施策に関する研究

 ちょうど1年前に研究部門の賞をちょうだいしまして、今後は「まちの活力」を視野にいれた研究を進めていきたいと申し上げました。ほとんど何もできておりませんが、この一年間考えてきた内容をお話しさせていただきたいと思います。

今回この研究でトライしたいと考えていますのが、「力」という部分です。「地域の活力」というときの「力」です。まちを豊かにして、人々を幸せにすることを目指しているのが交通計画、交通工学の真の願いであるとするならば、この「力」という問題を問わずして、これからの将来はないんじゃないかという気持ちを感じております。

1.一般的な「都市交通計画」
一般的な「都市交通計画」

 一般的な「都市交通計画」という概念は、まずは「都市」というものがあって、それから疎外された、まったく分離されたものとして「計画者」がいるということを前提としています。そのうえで、「計画者」が対象をモデル化するわけですが、だいたい数学モデル、新古典派経済理論と近いものを使います。そのモデルを使って、最適な交通政策を探ってやりましょうということです。

 それがオペレーションズ・リサーチというフレームのなかで我々が学んできた一般的な都市交通計画でありますが、「そもそもそんなモデルができるのか?」とあらためて問うてみますと、仮に部分的に完全なものはできても、完全なモデルは不可能であることがわかります。モデルという言葉そのものが抽象という概念ですから、モデルが対象を完全に再現することは不可能なことは自明であります。

 それでは計画技術者としてはどうすればよいのでしょうか。一つのアプローチは、どんどんモデルを精緻化して、アクティビティを入れよう、心理学を入れよう、そうやってどんどん精緻化していく。もう一つは、モデルを使って最適政策を探るという考え方をやめる、たとえばいろいろなところでいろいろな人と話をしよう、いろいろなまちづくりに直接入っていこうという方向があります。

2.土木技術者がそんな事で悩んでいる間に……

土木技術者がそんな事で悩んでいる間に・・・

 土木計画技術者が「どうしたらええんやろう」と悩んでいるあいだに、気がついたらまったくの素人が、きわめて立派なまちづくりを日本国中で進めています。たとえば「観光カリスマ百選」というものがありますが、一人のおっちゃんががんばって、それまで鳴かず飛ばずの観光地が、いまや何十万人、何百万人と訪れるようなまちになりましたとか、すごいバイタリティ、活力を持った人間が、まちや村を豊かにしているという事例がたくさんあります。

 

3.研究目的

研究目的

 彼らはいったい何を考えて、なぜカリスマになったんだろうか。その活力というのはどこからきたのか、その謎について考えたい。これは当然ながらモデルもできないし、いわゆる自然科学的な対象にはなりませんが、これを無視してほったらかしておくとずるずると日本の国も地域も全部だめになるのではないか、この問題を解くことが一番大事なのではないかという、そんな直観がございます。

4.研究アプローチ

研究アプローチ

 どう研究していったらいいんだろうといろいろ考えているうちに、二つの学問的アプローチに巡りあいます。その一つが柳田國男の民俗学であり、もう一つがディルタイらの解釈学です。

 民俗学はただただ普通の人々の話を徹底的に伺うんですね。普通の村に行って、おじいちゃん、おばあちゃん、若い人を含めていろいろと話を聞く、そしてそれをただただ物語として描写していく。

 解釈学というのは神学からでてきた学問で、神学哲学みたいなものです。物語を紡いで、その意味を解釈し、普遍的知見を得ようとする。

 民俗学一本ではなかなか厳しいですが、これをもう一度ヨーロッパの学問であるところの解釈学で論じることによって「民俗解釈学的交通計画」みたいなものができあがったときに、そのまちの人々の活力を増進させるようなそんな交通計画の展開ができるんじゃないかということを夢想しております。

 具体的には国交省が100人のカリスマを集めているなら、まずはそのみなさんのお話を伺いにいこうじゃないかということで、川崎市の斎藤文夫さん、富浦の加藤文男さん、清里の舩木上次さん、川越の可児一男さん、にお話しを伺って参りました。

 そこはかとなく民俗学的にお話をお聞きして、それを解釈学的に解釈することを通じて何か交通計画的に意味のあることが出てこないだろうか、そしてそれが心から心へと繋がるような、交通計画者の、交通計画をやる人間の心を温めるような物語を紡ぐことができないか、そんなことを考えたわけです。

5.その一例・川越

(その一例)川越

 その一例として川越の例をざっとだけ申し上げます。川越市は現在は年間600万人の観光入込客数がありますが、昭和30年代ごろはほとんどお客さんが来ていなかった。
 ある日ひょんなことから可児さんは、川越の蔵を守るための代表になってしまい、蔵を活用したまちづくりに運命的に巻き込まれていきます。日本一の蔵づくりの町並み保存ができて、観光客も鰻登りになって、大河ドラマ『春日局』(1989)、朝の連ドラ『つばさ』(2009)も作られて、ますます観光が栄えていくというものすごい物語があります。

6.そんな川越の現在の壁

そんな川越の現在の壁

 そんな川越の現在の壁は自動車の規制です。今ようやく町衆側と交通工学の人間が話を始めていますが溝は深い。交通工学側はバイパスとか配分のことばかり言い、逆に町衆は商売と景観のことばかり言っているというぐあいです。

 この両者の融合に川越の未来がかかっているとしたら、交通工学からの人間は、人と社会と歴史と風土に目を向けて、左官屋さんらと同じようにある種の「手に職のある町衆」たらねばならないのではないでしょうか。

7.土木技術者にとって

土木技術者にとって

 ただし、我々土木技術者が町衆たらんとする「まち」を、具体的な一つの目の前の「まち」に限る必要はないでしょう。人が寄り集まったところが「まち」とするならば、そのような組織はいっぱいあるわけです。

 我々は可児さんと同じように不可避的に運命的にあるものと巡りあってしまうことがあります。そとのときは対象にどんどん入り込んで、「手に職のある町衆」として、いろいろな人々のなかにとけ込んでいく、それがこれからの交通工学ではないかと思います。

 すごいおっちゃんの話を聞きに行っているだけで、まだ何もできていないというお恥ずかしいお話ではございましたが、これからもがんばっていきたいと思いますので、ご指導・ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

 

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