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米谷・佐佐木基金

受賞者(学位論文部門)の挨拶と受賞講演

塩見康博氏

塩見 康博
京都大学大学院工学研究科 助教

【 研究題目 】
車群交通流モデルによる渋滞現象解析

 ただいまご紹介に与りました京都大学の塩見と申します。このたびはたいへん名誉ある賞をいただきまして、誠にありがとうございます。米谷先生、佐佐木先生には、これまでお会いしたことはございませんが、さまざまな先生方からお話をお伺いすることがあったり、論文や教科書などでもそのご功績を読ませていただいたりと、さまざまな折にふれて、その偉大さを痛感しております。そのような先生方の名前を戴いた賞を頂戴することができ、大変光栄に思います。それでは、はなはだ簡単ではございますが、拙論を紹介させていただきます。

1.研究の背景

研究の背景「研究の始まり」

 

研究の背景「渋滞発生時交通量のばらつき」

 私の研究の端緒となったのは渋滞に関する二つの現象でした。一つは東海北陸自動車道(上り線)の「ぎふ大和」から「白鳥」間のボトルネックでの現象です。トンネルの入り口をボトルネックとしまして年間10回以上の渋滞が発生していましたが、上流の付加車線を525mから1,745mに延伸したところ、翌年には渋滞の発生件数が3回と非常に減少させることができました。

 もう一つは同じく東海北陸自動車道ですが、従来の交通工学的な常識では1時間あたり1,600台から1,700台は通過できると考えられていた区間なのに、実際に渋滞が発生するときの交通量の分布は、低いときでは850台、多いときでも1,250台と想定よりも少ない流入量で渋滞が発生し、しかも大きくばらついていることが確認されています。

2.研究の目的

研究の目的

 このような現象は何が原因で発生するのかを解明するのが、私の研究の大きな目的です。

 実際の車の流れは1台1台が独立した、多様な挙動特性を持つ車両の集合体ですから、交通流現象は確率的な特性を持つことは簡単に理解できることだと思います。

 そこで本研究では、交通流入量に対して確率的に渋滞が発生するという現象を表現できる交通流モデルを構築し、交通容量だけではなく渋滞発生確率という概念に基づいた新しい渋滞対策を提案できないだろうか、ということを考えて研究を進めて参りました。

3.渋滞発生メカニズムに関する既往知見

渋滞発生メカニズムに関する既往知見

 

 片側1車線の道路では、低速度で走行する車両が前にいますと、その後ろにはどうしてもそれを追い越すことができずに追従する車両が集まってきます。このように、局所的に高密度な状態が形成されたものを車群と呼んでいます。

 この車群というものがあるボトルネックに流入しますと、車両間が近接しておりますので、ある車両が減速するとそれが上流に伝わります。しかし減速が発生しても、小さい車群の場合は車両の流れがいったん途切れてしまいますと、減速波が発生しても上流までは伝播せず渋滞が発生することはありません。一方、大きい車群がボトルネックに流入して減速波が発生してしまうと、上流まで増幅して伝播し最終的には渋滞発生に至る。このような関係にあることが既往の研究から指摘されています。

4.車群の形成過程と本研究の着眼点

車群の形成過程と本研究の着眼点

 そこで、本研究では「車群」という交通流現象に着目いたしました。これは交通流を表すときによく使われるタイム・スペース図ですが、斜めの線はそれぞれの車両がある時刻に存在している位置を表しています。T2という時刻に流入した車両の走行速度が非常に遅いために、そのうしろに3台の車が追いついてしまって、車群が形成されているという状況を表しています。このように、流入した時刻におけるそれぞれの車両の速度が違うことによって、車群が形成されているのではないかと考えました。

 そして、その車群がボトルネックに流入する際、減速波が発生・伝播する過程自体が確率的な特性を帯びている。そのために、同じ流入交通量であっても渋滞が発生する場合と発生しない場合があり、渋滞は確率現象として生起していると考えたのが、本研究の着眼点です。

5.提案する交通流モデルのフレーム

提案する交通流モデルのフレーム

 そこで、「車群形成モデル」と「車群挙動モデル」の二つから構成される交通流モデルを考えました。

 まず、交通量と、それぞれの車両が希望する走行速度のばらつき(分布)によって、車群がある区間で形成される(車群形成モデル)。その車群が形成された状態でボトルネックに入ったとき、車群内での減速波の発生・伝播の状況が確率的に決定される(車群挙動モデル)、という構造を考えました。

6.車群形成モデルの概要

車群形成モデルの概要

 車群形成モデルでは二つのルールだけが必要です。まず一つは、(1)前の車に追いつくと、前方車両と同じ速度で走行する。もう一つは、(2)確率的に希望走行速度が与えられるという二つの仮定です。この仮定の下では、車両流入時刻とそれぞれの車両の希望走行速度さえ与えられれば、片側1車線区間での車群形成過程を記述することができます。

 ただし、ここで重要なのは、実際の車両の希望走行速度を観測データからは取得できないということです。前の車両に追いついて走っている車両については、その車両の希望走行速度を観測することはできませんし、自由に走行している車両だけの速度を観測しますと、どうしても相対的に希望走行速度の遅い車両の速度だけを観測することになって、希望走行速度分布というものを的確に捉えることができないという問題がありました。

 そこで本研究では、各車両の車両流入時刻と、最終的に区間の終点で形成される車群を観測しまして、この希望走行速度を、この観測と実態とを結びつけるパラメータとして扱い推定することとしました。

7.車群形成モデルの推定結果

車群形成モデル推定結果

 この車群形成モデルを、二つのデータ・セット(交通量多い/少ない)に適用して車群台数分布を推定しますと、観測値と推定値がきわめて高い精度で一致するという結果を得ました。

 また、先ほど調整パラメータにした希望走行速度分布を、交通量の多いとき、少ないときで比較しますと、ほとんど同じような形をしていることがわかります。この二つのデータは、どちらも夏休みの休日にとられたデータで、交通状況にあまり大きな差異はないと考えられますので、希望走行速度分布にも大きな差異はないということは、非常に理解しやすい結果であったと考えております。

8.車群中走行特性に関する仮定

車群中走行特性に関する仮定「前方車両速度と相対速度分布の関係」

 

車群中走行特性に関する仮定「仮定」

 観測データを分析しますと、前方車両の速度レベルによって、後方車両の取り得る相対速度(前方車両の速度と後方車両の速度との差)の分布は異なるということがわかりました。

これに基づきまして、車群中の走行特性について二つの仮定を設けました。一つは、車群内の車両は1台前の車両に追従しておりますので、前方車両の走行速度に応じてなにがしかの因果関係で速度が確率的に決定されていく、すなわち車両走行速度遷移はマルコフ性を持つと仮定しました。

仮定の第2点として、渋滞の発生は速度が著しく低下した状態と考えられますから、車群のなかで速度がある一定の値(時速40q/h)を下回った時点で渋滞が発生すると考えました。こうすることによって、ある一つの車群内で渋滞が発生する確率が計算できることになります。

9.渋滞発生確率推定ケーススタディ

渋滞発生確率推定ケーススタディ「確率的交通容量推定結果」

 

渋滞発生確率推定ケーススタディ「希望走行速度分布と確率的交通容量」

 仮想的な片側1車線の区間を想定して、実際の交通流から求めた車群内の車両走行速度遷移確率、先ほど推定した希望走行速度分布の値を与えて、流入交通流率を変えて、最終的にボトルネックで発生する渋滞発生確率を推定しました。

 推定結果をみると、片側1車線区間の長さが長いほど、少ない交通量でも渋滞が発生しやすくなっており、実現象を的確に説明可能なモデルができたと考えております。

 次に希望走行速度分布と渋滞発生確率の関係を調べると、分散が大きいと少ない交通量レベルでも大きい車群が形成されやすくなるため、渋滞の発生する確率が高くなるということがわかります。

10.さいごに

 

 以上、本研究では、希望走行速度という新しい指標を用いて、車両挙動の多様性を表現しました。そして、車群が形成されるメカニズム、車群から渋滞が発生する過程をモデル化することで、高速道路単路部ボトルネックでの渋滞現象を記述しました。また、このモデルを適用し、たとえば各ドライバーがそれぞれ制限速度を守って走行するだけで少なからず渋滞対策、渋滞の抑制に繋がるということを示すことができました。

 すなわち、本モデルを用いることによって、ハード的な交通容量増大施策だけではなく、ソフト的な渋滞対策の評価が可能であることが示されました。

 しかしながら、今回の研究は、新しい交通流モデルを作るという目的からすればまだまだ足りないものでして、これから先が重要になってくると考えております。この受賞の名に恥じないように、これからますます真摯に研究・教育活動を行っていきたいと考えております。本日はどうもありがとうございました。

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