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米谷・佐佐木基金

研究報告講演

張 峻屹氏

張 峻屹
広島大学大学院国際協力研究科 准教授

【 研究題目 】
個人間の相互作用を取り入れた生活行動モデルの開発

 広島大学の張と申します。昨年、米谷・佐佐木賞を頂戴しまして、あらためてここで感謝したいと思います。どうもありがとうございました。果たしてこの賞に値するようなものができたかどうかたいへん不安ですが、この1年間の成果を紹介したいと思います。

1.研究の背景
 

 交通政策はこれまで効率性の観点から研究されてきましたが、これからは、環境あるいは生活の面から交通政策をどう展開していくべきかということを議論しないと世の中に受け入れられないと思います。交通行動分析に関連して言えば、生活行動という視点から交通施策を見直していく必要があると言い換えることができます。個人間の相互作用、あるいは個人と世帯との関係に着目したのも、そのきっかけづくりになればと思っています。

 我々は毎日いろいろな側面で生活活動を繰り返し行っているわけですが、自分の意思決定についても、必ずしも自分一人では決めていなくて、他の人と一緒に決めていたり、他の人の影響を受けたりするということで、個人間相互作用はいろいろな場面において生じています。社会学の分野では、すでに1930年代から集団行動をキーワードとして研究がなされてきていますが、交通分野の研究では2002年以降少しずつ研究が増えているという状況にあります。

2.研究のフレームワーク

研究のフレームワーク

 我々は交通を対象として仕事をしていますが、土地利用の話も議論しないといけないし、環境問題を無視することもできない。また,減少していく人口構造が交通にどのような影響を与えるか、あるいはどのような交通でその減少する人口のモビリティを確保するかは重要な問題となっています。

 人口、土地利用、交通と環境のいずれにおいても、世帯における個人間相互作用が関係しています。このような相互作用は、毎日のように繰り返される通勤・通学あるいは買い物と、就職や居住、自動車保有とでは、意思決定の時間スケールが異なるため、その表れ方が違ってくると思います。これらを総合的に考えていかないと、なかなか行動現象の因果関係をうまく説明できないと思っておりまして、このようなフレームワークに沿って研究をしております。

3.研究のモティベーション〜世帯意思決定における構成員の相対的影響力〜

アストラムライン沿線居住促進のためのSP調査(2005年)_1

 

アストラムライン沿線居住促進のためのSP調査(2005年)_2

 広島市のアストラムライン沿線居住促進という視点から、2005年に夫婦を対象としたSP査を実施いたしました。その結果をみますと、妻が家計管理において圧倒的な影響力を持っているのに対して、現在地への引っ越しと大型家電の購入については、夫優先と妻優先がそれぞれ4割程度、残りの2割は両者平等で意思決定していることが分かります。これらのことから、世帯の意思決定に際して、多くの場合において誰か一人の構成員が独占的に決めているとは言えないことがわかります。

 しかし、今まで多用されている交通行動モデル、あるいは実施されている調査では、一人が全部決めていると仮定しています。また、自分ひとりの意思決定と夫婦一緒にやった決定を比べると、4割ぐらいの世帯で同時に意思決定をした結果選好が変わってしまいました。これはやはり集団という視点で交通行動を捉えないと間違った行動理解や政策の評価をしてしまうことになります。

4.基本的な理論フレームワーク

基本的な理論フレームワーク_1

 

基本的な理論フレームワーク__2

 理論フレームワークについては、いろいろな社会学のアプローチがありますが、整理してみると、基本的に以下の三つがあると思っています。個人確率選択集計型モデルについてはいろいろな意思決定のルールを反映したものがたくさんありますが、交通行動分析への適用はまだ見当たりません。

 私がとっている研究アプローチに一番近いのは、利他主義を取り入れた集団意思決定モデルです。やり方としては、たとえばAとBというふたりの構成員がいるとします。Bさんは自分の私有財を消費するにあたって、Aさんのことを考えて自分の効用を定義し、両者の効用の加法和をもって定義された世帯全体の効用の最大化を図るというのは、家政学でよく使われているアプローチです。

5.多項線形型、等弾力性型集団意思決定モデル

多項線形型、等弾力性型集団意思決定モデル

 私が使っている、あるいは開発しているのは多項線形型と等弾力性型集団意思決定モデルです。式は少しややこしいですが、利他的な概念を効用関数の中に取り入れていません。そして、最終的な意思決定者は「世帯」だと仮定しています。つまり、「世帯」という意思決定者は、複数の構成員の真ん中に立って、それぞれの構成員のことを考えて、集団としての意思決定を行うと仮定しています。
 これについて、その「世帯」というのがどういう意思決定主体なのかというご指摘もありましたが、家政学のアプローチに似ていることから、家政学での解釈に従ってご指摘に対してお答えすることができると思います。この「世帯」は、各構成員の相対的な影響力を表す項、各構成員の効用を表す項、そして、構成員間の相互作用を表す項で定義される世帯効用をもって意思決定します。これは多項線形型効用関数です。

 一方で、社会的不平等の研究において多用されているのは等弾力性型のアプローチです。それを世帯行動分析に応用しております。このαというパラメータを使って集団意思決定における(不)平等性を表しています。

6.世帯時間配分モデル

 

 1)平休日間相互依存性を取り入れた世帯時間配分モデルの開発と応用
 2)構成員の相対的影響力の内生化を取り入れた世帯モデルの開発

1)については、時間配分における平日と休日の活動間の相互依存性を取り入れた世帯時間配分モデルを開発しました。もしその人が1週間のタイムスパン行動を決定するならば、平日・休日を合わせて意思決定するはずです。買物とその他の活動について、多少表現式が変わりますが、ある活動に対して、個人がその遂行から得られる効用は平日と休日のそれぞれの効用を重みづけたうえで定義します。

2)については、集団意思決定における各構成員の相対的な影響力が集団意思決定の結果に左右されることを表現するために開発したモデルです。世帯内での役割分担、共同生活をしているが故に生じるtake-turn行動などの影響により、構成員の相対的な影響力と集団意思決定との間の相互作用を内生化させました。

 開発した世帯時間配分モデルによって、交通を含む公共政策が人々の生活の質に与える影響について、生活時間利用という視点から評価することができます。

7.世帯離散選択モデル

 

 1)意思決定メカニズムの異質性を考慮した世帯離散選択モデル
 2)個人選択の影響を考慮した世帯離散選択モデル
 3)属性レベルでの世帯内相互作用を取り入れた離散選択モデル

 これは多項線形型と等弾力性型世帯効用関数を離散選択行動に援用し開発したモデルです。

1)については、居住や自動車保有行動のような離散選択における多種多様な世帯意思決定メカニズム(加法型、Max-Max型やMax-Min型など)を潜在クラスモデリング手法により取り入れた新たな世帯離散選択モデルです。

2)については、個人の意思決定の結果が集団行動に与える影響を明示的に反映するために開発したモデルです居住と通勤手段の同時選択に関する世帯のSP調査データを用いてモデルの有効性を確認しました。

3)については、集団意思決定が属性レベルで現れる場合に対応するために開発したモデルです。今までのモデルでは、集団意思決定が効用レベル、つまり、すべての属性の影響を網羅的に考慮した上で行うと仮定していますが、自動車保有のような場合、車体価格と車両の大きさに対して夫婦がそれぞれ異なる嗜好性があると考えたほうが自然であり、集団意思決定が属性レベルにおいて行われると考えられます。これらのモデルについて、居住と自動車保有行動のデータを用いてそれぞれの有効性を実証しました。

8.観光行動 トラベル・パーティーと観光目的地の選択モデルの推定

 

 通常交通行動分析に際して、同伴者は既知であると仮定します。しかし、観光になると現象が多少変わってきます。どういった目的でどこに行くか、それによって誰と行くかを決めるということがありますし、あるいは最初に一緒に行くひとを決めて、そしてどこに行くかを決定すると考えられます。これについて、九州・四国・中国で収集された観光周遊データを用いて、同伴者と観光目的地の同時選択をnestedロジットモデルによりモデリングしてみました。同伴者と観光目的地の選択の階層関係について、どちらを上位または下位においても、モデル精度とパフォーマンスにあまり差がないため、選択の階層構造の異質性を取り入れた新たなモデルを開発する必要性を明らかにしました。

9.社会的相互作用を考慮した動的離散選択モデルの開発と応用

 

 例えば、車を買うとか観光をするような場合、その行動がある準拠集団の影響を受けて決定されることが多い。車を買う場合、例えば、若い人が、ほかの若者がスポーツカーを買うから自分も購入しようと意思決定する場合は、準拠集団、つまり、社会的相互作用が影響しているということになります。しかし、準拠集団と言っても様々あると思います。ここでは、複数の準拠集団(多次元的な社会的相互作用)の影響を同時に表現し、なおかつ、行動の時間的な変化、初期条件、状態依存や行動の惰性、将来の期待といったダイナミックスを同時に取り入れた動的な離散選択モデルを開発し、回顧型調査から収集された自動車保有データを用いて、モデルの有効性を確認しました。

10.ソーシャル・ネットワーク・モデリング

 

 最後になりますが、ソーシャル・ネットワークを私はずっとやろうとしていまして、どうモデリングするかという話です。なかなかオープンのデータベースがなくて、入手したのは社会学の分野で、一般的な社会調査がアメリカではありまして、フリーにアクセスできるデータベースがあります。最大5名の他者について、その関係性、訪問する頻度みたいな話もありまして、これを使ってソーシャル・ネットワーク・モデリングを試みております。

11.ransportation Research Part B特集の編集

 

 これに関係しまして、今年、オンラインでアクセスできるようになっているんですが、グループの意思決定について世帯に着目した特集をTR(B)にてTimmermans教授と一緒に編集・出版しました。募集した20数編の論文を外部の著名な研究者に査読を依頼しまして、結果的に5編しか収録することはできませんでした。交通行動分析の分野における集団行動の最新の研究成果をまとめましたので、機会があればぜひ見ていただければと思います。

12.研究の成果と今後の課題

発表のまとめ

 いくつかの収穫がありましたが、課題もまだたくさん残っております。収穫として、いろいろな行動場面のデータを用いて実証した結果、集団における構成員の相対的影響力と構成員間の相互作用を論理的に表現する方法論を一応提示できたと思います。しかし、課題もあります。一番難しいのは、個人の選好あるいは効用をどうやって集計するかについて、いまだに定論がないし、これからもないかどうかがわかりません。いずれにしても、属性レベルか全体で議論するか、あるいは、個人の効用かその決定結果を集計するかによって、様々なアプローチが考えられます。

 またこの研究で扱った現象を1日のスケジューリング行動に拡張していくと、より難しくなります。さらに、その行動自体が状況によって変わってきます。文脈依存性という言葉がありますが、どう表現していくかという話もやらなくてはいけないと思います。プランニングに持っていくと、空間とリンクしないといけないんですが、空間モデリングについてこれからやりたいと思っています。もう一つ、ソーシャル・ネットワークのモデリングをやってみたいと計画しております。

 しかし一番難しいのは、我々が扱おうとするのは、最初に飯田先生もおっしゃったように、交通の行動というのは平均値ではなく変動だということです。一方、その変動を捉えるデータというのは、実務的にはPT調査に代表されるような一日の行動データしかないのが現状です。もっと多時点のデータを得ようとすると、お金がかかってしまい、結局そのようなデータを取得することができていません。人々の交通行動、あるいは、生活行動の時間的な変動をcost-effectiveで網羅的に捉えるために、現在取り組んでいる研究のひとつに自己申告型調査システムがあります。これは、被験者が調査者の要求に従い、自ら自分の情報をいつでも申告することができるシステムです。現在、小規模のウェブ調査を用いてシステムの公共的受容性を確認しております。今後、もっと規模の大きい調査を仕掛けたいと考えております。

 政策への応用については、やはり交通行動調査については――交通行動調査という呼び方がいいかどうかわかりませんが、これからはやはり生活行動調査という視点からやらないとなかなか世の中に受け入れられないと感じています。

 最後に、低炭素社会づくりの重要性が叫ばれていますが、今後、モビリティ・マネジメントからライフ・マネジメントへの転換を図る必要があるように思いますが、それを藤井先生にバトンタッチしたいと思います。

 以上非常にまとまりのない発表でしたが、私の研究成果をご紹介させていただきました。ご静聴、どうもありがとうございました。

 

 

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