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米谷・佐佐木基金

受賞者(学位論文部門)の挨拶と受賞講演

福田 大輔氏

福田 大輔
東京工業大学大学院理工学研究科 土木工学専攻 准教授

【 研究題目 】
社会的相互作用が交通行動に及ぼす影響のミクロ計量分析

 東京工業大学の福田でございます。このたびは第2回米谷・佐佐木賞学位論文部門を頂戴することとなり、たいへん光栄に思っております。私自身は米谷先生、佐佐木先生は論文の中でしか存じ上げませんが、恩師の森地先生から、自分が若い頃に両先生のことをすごく尊敬して憧れていたという話を伺ったことがございます。そういった両先生の御名前がついた賞をいただくことは、すごく光栄なことと感じています。
 それでは早速私の博士論文の内容について、簡単に紹介させていただきます。

1.研究の背景と目的
交通行動の社会学的側面

背景(1) 交通行動の社会学的側面
 研究の背景ですが、個人が行う交通に関する意思決定の多くは相互依存的で、例えば心理的な同調圧力に起因するもの、経済的な便益の影響、さらには、他の人の行動を見てから自分の行動を形成する、等が挙げられます。これらは社会的相互作用と呼ばれていますが、個人の交通の意思決定を規定する一要因であるこ とは間違いありません。

社会的相互作用の影響

背景(2) 社会的相互作用の影響
 では相互作用の影響があるとどのような状況が発現するかというと、いくつかの特徴があります。

 例えば同一の社会集団があった時でも、その初期状態の違いによって異なる複数の安定した状態が生起し得る。違法駐輪の例をみると、駅いかんで違法駐輪のシェアにかなり大きな相違が見られる。このような環境下では、きわめて弱い政策介入を行うことでドラスティックな変化が起こることもあれば、逆に一定以上の強い介入を行わなければまったく変化が起こらないといった現象も生じてきます。

 つまり、交通のマクロな現象に対しても社会的相互作用が有為な影響を及ぼしてくる可能性がありますが、これに対する計量的な分析の蓄積は必ずしも充分ではなかったと思います。

研究の目的

研究の目的
 今回の学位論文では、相互作用を考慮した行動モデルの開発を行い、さらにいくつかの実際の現象を対象としてデータを集めたうえで、具体的な政策介入の方法に関しての検討を行いました。

2.基本モデルの特徴と均衡方程式
基本モデルの特徴

基本モデルの特徴
 行動モデルのベースとなる基本モデルは、「社会的相互作用を考慮した離散選択モデル」です。モデルの特徴としては、相互作用を考慮することによって生じる識別問題に柔軟に対処可能であること、個人の行動が他人に影響してそれがまた当人にはねかえってくる効果(リフレクション・エフェクト,内生性)を合理的期待形成の過程を通じて表現していること、均衡方程式は複数の解を持っているのでそれがそのまま複数の社会的な均衡状態を表現していること、があります。

均衡方程式の意味解釈

均衡方程式の意味解釈
 最終的に導出された均衡方程式の意味解釈を、簡単に説明させていただきます。
 グラフの横軸は、ある準拠集団があって、例えば「違法駐輪をする」「違法駐輪をしない」というバイナリの選択があった時に、どちらかの選択行動をとっている人の全体のシェアを表しています。縦軸は、そのシェアが与えられた予見のもとで、個人一人ひとりが選択を行う確率を表しています。

 横軸と平行に直線が引かれていますが、これは相互作用がまったくない状況を示しています。相互作用はS字曲線の形で表すことができます。相互作用の強さによって曲率は変化しますが、曲率がある値以上であると、S字曲線と45度線が最大3か所で交差する可能性が出てきます。

 そこで、先ほど三つ目の仮定として述べた合理的期待形成の仮定を置きますと、最終的には、自分が選択をする確率と、準拠集団の選択の比率が一致します。つまり、このS字のカーブと45度線の交点の上に社会の状態が行き着くという、そういった状況を表しています。この可能性として出てくる三つの解が複数の均衡解で、これが冒頭でも述べた地域 の集計的な現象の違いを表現しうるのではないか、と理解しています。

■初期状態によって、低位均衡か高位均衡かが決まる
 仮に三つの解があった時に、一番選択比率が低いものを「低位」、一番高いものを「高位」とよびたいと思います。真ん中に青い字で書いていますが、ここの部分が分析を行ううえで一番重要になるポイントで、よく社会学や経済学の分野で「限界質量点」とよばれたり、あるいは「チッピング・ポイント」とよばれたりします。初期の状態がこの限界質量点より右側にあるか左側にあるかによって、その後社会が行き着くであろう状態が低位なのか高位なのかが決まってきます。

3.適用事例〜放置自転車行動の分析〜
取締まり政策実施の影響分析1

取締まり政策実施の影響分析2

 実際の適用例の一つとして、放置自転車行動の分析をご紹介します。

 東京にある複数の駅周辺で違法駐輪に関する調査を行い、そこで得られたデータに基づいて先ほど述べたS字曲線を推計する試みを行いました。巣鴨駅のデータを用いて推計した結果がこの黒いグラフで、現在の駐輪率は約23パーセントとなっています。こういった状況で、現在の取り締まりの頻度を、月に10回から仮にプラス3回増やすことによって曲線がどのように変化するかを示したのが、この青い線のグラフになります。個人の私的な動機に取り締まり頻度が影響するということは、S字曲線を縦方向にシフトさせるということを意味しています。仮に3回分上乗せしてみますと、この曲線が三つの点で交わる可能性が出て参りますが、限界質量点に相当する55.3パーセントよりも低い部分にあるので、低位均衡にロックインしたままではないかということが示唆されます。

 プラス6回にしてみると、このように青い曲線が45度線よりも上側に出てきまして、高位のところで45度線と交わるのみという結果になります。こうしますと唯一の高位の部分での解しかなく、低位の均衡から脱却して高位の均衡で推移する可能性が示唆されたということになります。

4.本研究の実際適応性と今後の課題
本研究の実際適応性

今後の課題

 社会学の分野では「壊れ窓の理論」とよばれるものが古くからありますが、そこで示唆するところというのは、たとえ軽微な迷惑行為であってもそれがどんどん拡がっていくから、行政は徹底的に防止対策を実施しなければならないというものでした。
 これに対して、相互作用を考慮したミクロな計量分析をより信頼性の高いかたちで行うことができるようになれば、強硬な政策介入を闇雲に行う必要はなくて、先ほどS字カーブのなかで重要な点と述べた、限界質量点を消失させうるだけのレベルでの政策の実施をまずは検討すればよいということが示唆されるかと思います。
 そういった実際の検討を行うにあたって、実際にじゃあどうだったのかということを、例えば社会実験のデータを活用して事後的な検討を行うということが第一に必要かと思います。それから、適用事例をどんどん拡充していく必要もありますし、近年ミクロ計量経済学の分野でも、複数の解が表れる時のパラメータの推定の仕方に関する研究の進展がいくつか見られますので、そういった分野のレビュー等を進めながらより精緻化していく必要があると考えています。

 説明がわかりにくい部分も多々あったかと思いますが、以上が学位論文の内容の簡単な紹介でございます。私自身こういった社会的相互作用の研究を行っている身でありながら、周囲から受け取るばかりでなんのフィードバックもしていないということが一番心苦しい部分でありますので、ちゃんとそのフィードバックができるようにますます研究の方をがんばっていきたいとあらためて思う次第です。

 本日は本当にありがとうございました。

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