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米谷・佐佐木基金

受賞者(学位論文部門)の挨拶と受賞講演

大澤実氏

大澤 実
東北大学工学研究科助教

【 研究題目 】
Monocentric and Polycentric Patterns in the Spatial Economy:A Unification of Intra-city and Inter-regional Theories
人口・経済活動の空間的集積パターンの多極化メカニズム:都市内スケールから地域間スケールまで

  本日は佐佐木綱先生、米谷榮二先生という偉大なパイオニアのお二方の名のある賞をいただきまして、たいへんうれしく思っております。とくに私の尊敬する諸先輩方も受けてきた賞ということで、たいへん身が引き締まる思いでおります。

 このような機会を設けていただいていますシステム科学研究所のみなさま、また審査員のみなさま、学位論文の指導教官である赤松隆先生、そして先輩の高山雄貴先生に厚く御礼申し上げます。

はじめに

はじめに

 

 私の学位論文はこのようなタイトルですが、空間経済という言葉が入っておりますとおり、交通計画のなかでもかなり経済学寄りとなっております。「都市内スケールから地域間スケールまで」とありますように、先ほどの大山雄己先生の発表はかなりマイクロに精緻に行く方向ですが、私の関心はかなりマクロなスケールのものになります。

日本の人口分布

日本の人口分布

 

 これは日本の人口分布です。1平方キロメートルあたり700人以上の人口が存在している1qのメッシュを示しています。人というのは空間的に分布して存在しています。このように、人口が空間的に分布していることによって、さまざまな交通投資などを行うと、その効果は空間的に偏在するということが起こります。

背景:地域・都市経済の分析

背景:地域・都市経済の分析

 

 ですから計画分野では、交通整備などの効果がどのように空間的に帰着するのか、どこにどの程度の便益が帰着するのかについて、長らく関心が持たれてきました。

 その結果として、空間を明示化した多地域の応用一般均衡モデルによる波及効果、その交通投資がどこにどれだけ帰着するのかを表現するさまざまな交通・立地統合モデルが開発されてきました。普通の経済学分野との違いは、計画分野ではかなり交通を明示化したモデルの構築がなされてきたというところにあります。その結果としてSCGEモデルやCUEモデルなどのモデルが確立されてきたわけです。

背景:長期的分析への展開

背景:長期的分析への展開

 

 より本格的な次の長期的分析への展開を考えますと、これらのSCGEモデル、CUEモデルというのは、比較的短期のことにフォーカスしています。交通投資というのは人の移動を招くので、その結果として循環的に作用するわけですが、これらのモデルのなかでは地域間の人や物の移動が限定されている。たとえば都市の規模や位置、数などは固定となっている。こうした地域スケールの構造が変化する過程を伴う長期的な影響をどのように表現し、測ればよいかというのが次の課題であると考えています。そのためには、人や経済活動の集積や分散はなぜ生じるのか、どのようにして生じるのか、「どこに・どのように」の前の「なぜ」生ずるのかを考える必要が出てきます。

 このようなモデルは集積経済モデルと呼ばれています。このモデルというのは、いま話を聞いてくださっているみなさまに引き寄せて言うと、静的な利用者均衡配分のなかで、パラレル・リンクを仮定したごく単純なモデルになっているわけですが、ただしリンク・コスト関数は非単調で、複数の均衡があり得る。非単調で、さらにパラメータの変化によって──たとえば輸送費用パラメータの変化によって均衡の構造がまったく変わってくるということが起こるモデルです。

 こうした集積経済モデルがいろいろありますが、それを「どこに、どのように」という方向に応用するには、多地域の理論展開が必要です。これまでは、難しい問題ですので、2本のリンクしかないような問題、即ち2地域モデルに分析が集中してきたわけです。

 しかし、実際の日本というのは多地域から成っています。それらの空間で起こる現象がどうなるのか、実際に現実に起こっている現象を表現できるのかというところに興味があるわけです。そこで現象といったときに、何に着目するか。実際に起こっている現象はさまざまで多岐に亘るわけですから、どのような現象に注目しようかということを考えます。

現象:分布の多極性

現象:分布の多極性

 

 そこで、私の学位論文では経済活動の空間分布の多極性に注目しました。資料の左上の図は、日本の人口分布をある程度、理想的に一次元化したデータです。それを周波数分解します。そうすると、波のピークの成分で人口分布のかなりの部分が、具体的には30%から50%程度が表現されている。つまり人口というのは明らかに多極的に存在している。それはもちろん地理的な異質性──関東平野が広い、大阪が広い、名古屋が広いというような異質性に起因するところもあるわけですが、それだけではない。純粋に人の行動の結果としてこのようなパターンが出てくるメカニズムを知りたいということです。

学位論文の概要

学位論文の概要

 

 学位論文を一言でまとめると、こうした結果を得ています。地域間の交通条件の変化によって、多地域の集積経済モデルから生ずるパターンの極性、一極的か多極的かというパターンが生ずる。それがどのように生ずるのかというメカニズムを明らかにしています。

 論文はおよそ3章構成からなっています。表の縦軸が章構成で、横軸がどのような点に着目した章であるのかを表現しています。横軸は立地主体の種類や空間スケール、方法論になっています。立地主体の種類というのは、利用者の異質性を考慮するか否か。空間スケールというのは、地域間に主に集中しているか、都市内に主に集中しているか。方法論的には、局所安定性解析という方法を使うか、大域安定性解析という方法を使うかということです。

 ここに赤字で示している部分が、とくに私のオリジナリティになります。具体的には、一つは複数種類の主体を考慮したモデルというのはこれまでわかっていなかったので、それをきちんと明らかにしたということです。もう一つは、紹介の際に確率安定性というキーワードを使っていただきましたが、大域安定性解析の一つである確率安定性解析を使ったということです。一極的であるか多極的であるかという、それが生ずるメカニズムを明らかにしました。

 ごく簡単にということで、本日の資料では数式をゼロにしてきたので ── 本当は数式だらけなのですが、キーワードだけで紹介をしていきます。Chapter2、Chapter3、Chapter4と順番に説明します。

Ch.2:単一主体モデルの分析 1

Ch.2:単一主体モデルの分析 1

 

 Chapter2は単一主体モデルの分析です。これはつまり、利用者の異質性がない、パラレル・リンクの非対称なヤコビ行列を持つ、そのようなモデルです。しかもパラメータ依存的に均衡の安定性がどんどん変わってしまうようなモデルの分析に当てています。

 ここでは「対称性を仮定した空間における分析」とありますが、実際の空間のような非対称なネットワーク上のパターンというのは数値計算に頼らざるを得ない。そうするとモデルの本質的な構造などは理解できないということで、空間の非対称性は最低限にしてあります。このような方針をとるのは、こうした非線形のモデルの分析においては常套手段で、標準的なアプローチに従っています。

 このような空間では、モデルが持つ基本的な相互作用の構造 ── 集積するとか分散するなどといった構造をきちんと表現可能です。成果としては、基本的な多極化メカニズム、つまり1種類しか利用者がいない場合において、多極化が生ずるメカニズムを明らかにしたというところです。

 具体的には、主体間の距離を隔てる分散力 ―― たとえばコンビニが近くに集まって立地しているとうれしくないというような、エージェントとエージェントとを離そうとするような力がきちんと入っているかどうかということが数学的にはっきりとわかることが明らかになっています。

Ch.2:単一主体モデルの分析 2

Ch.2:単一主体モデルの分析 2

 

 このような空間でモデルの構造をよく見てみると、これまでさまざまなモデルが提案されてきたわけですが、それは数学的にはごく少数のクラスに分類されることを示すことができます。ここではクラスT、クラスU、クラスVと呼んでいますが、それらのモデルで生ずる典型的な空間パターンがこのように分類できます。一番上はピンのような人の集まりが等間隔に生ずるようなモデルです。二つ目は一つの山の集積が現れるパターンのモデルです。クラスVと呼ばれるのは、山ですけれども多数現れるようなものというように分類できることがわかっています。

Ch.2:単一主体モデルの分析 3

Ch.2:単一主体モデルの分析 3

 

    具体的にモデルの名前を書くとこのようになります。集積経済モデルというのは「なぜ」というところに着目しているので、それぞれある意味好き勝手に、どの「なぜ」に着目したいということでいろいろ提案されてきたわけですが、応用上は「どのような」空間パターンが表現できるかにも大きな興味があります。結果的に、「どのような」によって分類すると、沢山あるモデルではあってもたった三通りに分類されることがわかりました。

Ch.2:単一主体モデルの分析 4

Ch.2:単一主体モデルの分析 4

 

 パターンだけではなく、集積の過程、輸送費用を変えていった場合の集積がどのように生ずるのかというところでも大きく異なっていて、クラスTでは集積の数がどんどん減っていく。たとえば東京、名古屋、大阪が現れたあとに名古屋が少しずつ沈んでいくような挙動をして、集積の数が減っていくということを起こします。またクラスUでは集積が起こっていたのですが、だんだんそれが潰れてしまうというような挙動を示します。クラスVはそれらが合わさった挙動を示すということがわかっています。

 これは実際に実データを使って適用計算をする場合に大きく意味のあるところです。輸送を改善したときに、どこにどのように効果が生まれるのか、どこの地域がうれしいのか、そのうれしさの変化の方向はどちらなのかということが、モデルがこれらのうちどのクラスに所属しているかでおよそ決まってしまう。実データを使って計算する前に決まってしまうということが言えます。

 ですので、自分の作ったモデルがどのクラスに属しているのかという知識は、応用上かなり重要であるということです。このような内容がChapter2です。

Ch.3:大域安定性解析手法の導入

Ch.3:大域安定性解析手法の導入

 

 Chapter3では少し方針を変えます。Chapter2では局所安定性という安定性概念に依存した分析を展開していますが、Chapter3では、先ほど確率安定性解析と紹介していただきましたが、大域安定性解析を使った分析をします。集積経済モデルはゲーム理論の分野ではポピュレーション・ゲームと呼ばれるクラスに属するゲームなので、そこで開発された方法論を応用しています。

 なぜそういうことをする必要があるかというと、Chapter2で使った局所安定性の方法では、複数の結果が生ずることを除外できない。たとえば、同じ交通費用でも複数のパターンが予想される。安定的なパターンが予測されるということが起こります。そうすると、どれが代表的挙動なのか理解しづらくなってしまいます。ですからここでは、もっとも代表的な挙動はどのようにしたら抽出できるのかに着目して、それができる方法を選んで使っています。それが実際に有効であるということを確認していますし、また前章の結果が頑健であることを示せたというのがここの結果です。

Ch.3:単一主体モデルの大域安定解

Ch.3:単一主体モデルの大域安定解

 

 これが分析の具体例です。安定性を考える基準を変えても、モデルクラスの分類は頑健であることを示しています。ある意味当然ですが、必ずしも自明ではないので、その点をクリアにしたという意味があるということです。

 ただし、この章で導入した方法が真価を発揮するのはChapter4で行った分析です。Chapter4で扱ったモデルはChapter2の方法では分析ができないモデルになっています。

Ch.4:複数主体モデルの分析

Ch.4:複数主体モデルの分析

 

 この章では、2種類の距離が導入されたモデルを対象とします。前章までのモデルは企業の行動に距離が入っていたモデルで、ここでは労働者の通勤 ── 実際に都市内構造を考えるときにはそのような行動が重要になってくるのはもちろんですが、それを考慮したモデルになっています。このモデルの解の特性はまったく知られていなかったので、私の分析で明らかにされています。

 その結果として、消費者の通勤費用が存在することによって都市の多角化が起こるメカニズムを明らかにしています。「より複雑な」と書きましたが、基本形、つまりChapter2までのモデルでは現れないような多極化メカニズムがあるということを示しました。また、そこにさまざまな近似を入れることによって、Chapter2のメカニズムと対応づけをすることも試みています。

学位論文の概要(再掲)

学位論文の概要(再掲)

 

 以上、あっさりまとめましたが、以上が博士論文のまとめとなります。いろいろと手を変え品を変え、さまざまなモデルを分析することによって、地域間の交通条件の変化に伴ってなぜ都市が多角化するか、あるいは国全体の構造が多角化するかを理論的に分析したことが、今回の学位論文の成果となっています。

おわりに

おわりに

 

 これまでの成果は、集積経済理論をある意味で体系化していって、どう応用すればいいのかを決めていく作業でした。今後の課題としては、理論的拡張、もちろん現実に存在する非対称性をもっとまじめに考えなくてはいけないということがありますし、やはり交通モデルをきちんと統合していきたい。ある意味で、ここまでの話は交通モデルの外側の制約を与えるマクロな構造をどれだけうまく扱えるかに注目してきたのですが、私の出身は赤松隆先生の研究室で交通にもかなり興味がありますので、本来はそういうものをより精緻にモデルに取り込んで、それとの相互作用をまともに取り扱っていきたいというモチベーションもあります。

 また、定量的な検証ももちろん重要で、実際に観測されるパターンはかなりノイジーなものですので、それをどのように理論と比較して、どの範囲で成り立っているのかをきちんと見ていくことは、工学的に重要な課題だと考えています。 

 手短になりましたが、以上です。今回は誠にありがとうございました。

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