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米谷・佐佐木基金

受賞者(研究部門)の挨拶

加藤浩徳氏

加藤 浩徳
東京大学大学院 工学系研究科 教授

【 研究題目 】
交通事業の経済的効果に関する基礎研究

 

 

はじめに

はじめに

 

  この度は、このような名誉ある賞をいただき、たいへん光栄です。本日は、まず今回の受賞対象となった研究の話を少しして、そのあと現在取り組んでいる研究の内容についてお話しいたします。

どんな研究をしてきたか

どんな研究をしてきたか

 

  私がどのような研究をしてきたかということですが、一言で言えば、「時間価値」に関する研究を行ってきました。

  溝上章志先生からもお話がありましたが、時間価値研究は長い伝統のある分野です。ですので、「なぜ、こんな研究をいまさらするのだ」と、ご助言を賜ったこともしばしばありました。しかし、いろいろ調べているうちに、研究すべきことがまだたくさん残っていることがわかりましたので、それらに取り組むと同時に、いろいろ誤解を受けやすい対象であることもわかりましたので、その成果を最終的に本にまとめることにしました。そこに至るまでの経緯をお話しします。

「時間価値」とは

「時間価値」とは

 

  時間価値とはなんでしょうか。多くの場合、「時間に関する経済的価値」だと言われます。具体的に言いますと、「1分はいくらか」ということに対する答えが時間価値です。

  「時は金なり(Time is money)」とよく言われますから、時間に価値があることは、多くの人にお認めいただけるのではないかと思います。たとえば、このあたりの飲食店で働くと、時給800円ぐらいはもらえるかもしれません。これも一種の時間価値です。

  時間をお金に換算するという発想は、比較的一般的だと私は思っているのですが、中には「時間はお金に換算できるような安っぽいものではない。もっと深遠なるものであって、お金に換算してはいかん」とおっしゃる方もいらっしゃいます。しかし、交通の分野では、昔から時間をお金に換算するというアプローチで、交通事業の評価をしてまいりました。

時間価値との出会い

時間価値との出会い

 

  時間価値という言葉を私が初めて耳にしたのは、大学生のころです。東京大学の授業で交通計画を教えていただいたときに、「時間価値というものがあって、これは交通の需要分析や事業評価で大事な数値だ」という話をうかがいました。「時間にはたしかに価値がありそうだ。せっかくだから、もうちょっと勉強したい」と考え、本をいろいろ調べてみました。

  ところが、交通計画の教科書をずいぶん調べたところ、たしかに時間価値の記述は必ずあるのですが、どういうわけか深いことが書かれている本が一つもなかった。なぜだろうと不思議に思ったのが、時間価値との出合いです。

  ちなみに、今回の発表資料には写真がいくつか出てきますが、私の趣味で時計の写真を撮ったものをお示ししています。これはグリニッジ天文台にある時計です。

時間価値とのかかわり

時間価値とのかかわり

 

  次に時間価値と関わったのは、東京大学で3年間助手をしたあと、運輸政策研究機構というところで働いたときです。その当時は交通インフラの事業が目白押しだったこともあり、実際の交通計画を作る仕事に多数携わりました。

  いろいろな仕事をした中で、とくに印象深かったのが、費用便益分析に関する政府のマニュアルづくりの仕事をさせていただいたことです。溝上先生にもずいぶんご指導を賜りました。交通施設の整備をしてどのくらいよいことがあるのか、これをお金に換算したものを「便益」と呼んでおりますが、この便益を計算するときに、実は時間価値がとても大きな影響を与えることに、あらためて気づかされました。

なぜ時間価値は重要か

なぜ時間価値は重要か

 

  どうして時間価値はそれほど大きな影響を与えるのでしょうか。交通の事業を行うべきかどうか否かの判断をするのには、さまざまなアプローチがありますが、典型的に使われているのが、「費用便益分析」という方法です。この方法は、とても単純で、事業による便益と費用とを比較して、便益が費用より大きかったらその事業を実施しましょうと判断する方法です。

  とくに、交通事業は、人やモノが速く行けるようになることを目指していることが多いので、実際の事業で便益を計算してみますと、8割、場合によっては9割ぐらいの便益が、じつは時間が短縮されることによって発生しています。

  その時間短縮の便益を計算する上で基礎となっているのが時間価値です。たとえば、時間価値が10%変わると、そのまま便益も10%変わります。つまり、時間価値の精度が、事業から生じる便益、ひいては費用便益分析の結果に直結しているわけです。

時間価値をめぐる国会議論

時間価値をめぐる国会議論

 

  そうこうしているうちに、突然、時間価値が世の中のホットトピックになりました。そもそも時間価値はかなりの専門用語ですので、一般の方々が議論するような対象でないと思っていたのですが、平成20年に、国会で時間価値について議論されるという事態に至ったのです。この背景には、昨今、道路を含めた交通のインフラを造りすぎであるという批判があって、その元凶が、もしかすると時間価値が高すぎることにあるのではないかという疑念をもった一部の議員が、問題を提起したのです。

  日本の道路事業の費用便益分析で使われている時間価値は、少し専門的な用語で言いますと、「所得接近法」と言われる方法で求められています。具体的には、平均的な賃金率に車両の時間価値を加えることで計算されています。この方法の一部に、問題があるのではないかということでした。

  私は、時間価値が国会で議論されていると聞いて最初は驚きましたが、それだけみなさんの関心が高くて、正しい時間価値を求めることは大事な課題だと認識させられました。

時間価値研究への取り組み

時間価値研究への取り組み

 

  時間価値は、所詮、「1分はいくらか」ということだけですので、とても簡単なものに思えます。しかし、そのせいもあるのだと思いますが、不十分な理解の下で「時間価値が高い」「時間価値が低い」等々の議論が行われやすいということを痛感いたしました。

  たとえば年金生活をされている高齢者の方々は、仕事をしていません。仕事をしていないということは、賃金はゼロです。そうすると、彼らの時間価値はまったくゼロなのでしょうか。たしかに賃金を使う方法から言えばゼロに近いかもしれませんが、時間価値はそういった給料だけで測られるべきものではないと思います。似たような疑問として、たとえば「高校生の時間価値はゼロである」という指摘もあります。そうすると、地方部の公共交通には、ほとんど高校生しか乗っていないところがたくさんありますが、そんな公共交通はもういらないということになりかねません。

  このように、誤解とは言いませんが、偏った考え方が出てくるのは、研究も足りないし、それを理解するための解説もないからではないかと思いました。これが、私が時間価値の研究を始めた動機です。

時間価値研究とその成果

時間価値研究とその成果

  研究した内容についてですが、理論に関する研究と、実証に関する研究との二つをしました。理論面では、たとえば、人々の立地行動と時間価値との関係を、都市経済モデルという理論モデルを使って比較静学分析をしたり、業務交通の時間価値導出に関する理論的な研究をしたりいたしました。業務交通の時間価値研究は、1970年代に、オーストラリアのデイビッド・ヘンシャー教授の提示した予想を証明したものです。長らく証明されていませんでしたが、今回おそらく世界で初めてきちんと証明できたと思います。また、時間価値を理論上どのように整理したらいいのかについて、あらためて時間価値の分類をしたりもしました。これらが理論面での貢献です。

  実証面に関しては、そもそも日本の時間価値はいくらなのかという疑問に答えるために、さまざまなデータを用いた分析をいたしました。また、日本には、交通行動研究の蓄積がかなりありますので、そういった蓄積を活用したメタ分析もいたしました。手法的にも、通常は離散選択モデルを用いた時間価値の推定が多いわけですが、ノンパラメトリック・アプローチを使って時間価値の推定も行いました。

  ここ最近ですと、情報化やIT化が進むなかで時間価値をどう捉えるべきなのかということが、世界的に熱く語られております。こういったところについても、少しずつ研究を進めているところです。

現在取り組んでいる研究

現在取り組んでいる研究

 

  次に、現在取り組んでいる研究について、少しご紹介いたします。タイトルは「交通インフラ整備の都市・地域の生産性に与える影響に関する研究」です。前の研究とどう関係しているのか、疑問をもたれる方もいらっしゃるかもしれません。少し背景をお話しさせていただきます。

研究の背景

研究の背景

  これまで、交通事業を実施するかどうかの判断に、費用便益分析という手法が広く使われていることをお話しました。たしかに、費用便益分析はとても有益な手法ではあるのですが、ここ最近、実務的なニーズが少し変わりつつあります。とくにリーマン・ショック以降、時間価値のように、たしかに価値はあるかもしれないけれども、実際のお金が動かないような仮想的な価値ではなく、実際にいくらお金が稼げるのかという点に強い関心がもたれるようになってきています。

  よりわかりやすく言うと、交通事業によって、結局GDPが何パーセント上がるのかということが、世間の関心になりつつあるということです。経済学では、副次的な効果あるいは波及効果と言われているものですが、これにもう少し焦点を当てないと、この社会的なニーズに応えられないと感じたわけです。

  もう一つの背景として、私自身が、最近、「国際プロジェクト学」という名のもとに、途上国もしくは新興国に日本のインフラ技術をどうしたら輸出できるのかを研究していることもあります。海外の方々に、「日本の技術はいいですよ」というときに、「日本の技術をうまく使うと、あなたの国のGDPがこのくらい上がりますよ」ということを、もう少し的確に言えないものだろうか。こうした点も私がこの研究をしようと思った動機です。

研究の仮説

研究の仮説

  このテーマは、ここ最近、急激に世界中の研究者の関心を集めています。理論的には、元京都大学の藤田昌久先生、ポール・クルーグマン、アンソニー・ベナブルスの有名な空間経済学の本がありますが、そこで独占的競争モデルを使った空間的な集積パターンを分析するモデルが出てきました。このあたりから、集積が起こると都市や地域にどんなインパクトを与えるのかに関する経済学者の関心が高まってきたように思います。

  最近では、もっと実務的に、交通事業がどの程度の集積を引き起こし、それがどのくらい生産性にインパクトを与えるのかを計算しようという機運が高まっています。実際、ここ数年でイギリスでは、このような効果を測るための政府のガイドラインが提示され、「広範な経済効果」と呼ばれる効果を計測するケースも出てきています。

  日本でもこのような効果を積極的に捉えることで、交通事業の価値をより正しく理解し、交通インフラの必要性を、内外にうまく説明できるようにしたいと考えています。もしうまくいけば、来年、成果の一部についてご報告をさせていただければと思います。

 

おわりに

 

 

  以上、これまでどのような研究をしてきたかということと、現在取り組んでいることについてご報告いたしました。この度は、このような名誉ある賞をいただき、たいへん光栄です。今後とも研究を続ける所存でございますので、皆様には、ご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。ご静聴どうもありがとうございました。

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