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米谷・佐佐木基金

受賞者(学位論文部門)の挨拶と受賞講演

高山 雄貴氏

高山 雄貴
愛媛大学 大学院理工学研究科 助教

【 研究題目 】
人口・産業の空間的集積パターンの自己組織化メカニズム
都市内・都市間 集積経済モデルの分岐特性

 この度は、第8回米谷・佐佐木賞(学位論文部門)を戴きましてありがとうございました。名誉ある賞を頂戴することができ、大変うれしく思っております。

 本日は、私の学位論文の成果の概要をご紹介させていただきます。

1.はじめに

人口・産業の空間的集積パターンの自己組織化メカニズム

 

 

 

 私の学位論文のタイトルは、「人口・産業の空間的集積パターンの自己組織化メカニズム:都市内・都市間 集積経済モデルの分岐特性」です。

 今日は、緊張しておりますが、少しでも内容を理解してもらえるよう、熱意を持って説明したいと思っております。

 最初に、学位論文の内容についてご説明いたします。

 この研究の目的は、都市内・都市間の交通・輸送条件が経済活動の空間分布に与える影響を明らかにすることです。そのために、経済活動が空間的に集積するメカニズムの理解を試みています。具体的には、扱う空間スケールの大きさごとに、都市内モデルにより都心の形成メカニズムを、都市間モデルにより産業の集積メカニズムを明らかにしようとしています。そして、これらを通じて、社会基盤整備の効果予測や評価の基礎となる経済集積の理論の整備・体系化を目指しています。

2.研究の背景

研究の背景1

 次に、この研究の背景についてお話しさせていただきます。

 "交通"と"経済活動の空間分布"は相互に密接に関係していることが知られています:"交通条件"の変化は"経済活動の空間分布"に影響を与えますし、それによる"経済活動の空間分布"の変化は"交通条件"に影響を与えます。

 このような相互関係を考慮した研究は、古くから膨大に蓄積されており、これまでに多くの立地・交通統合モデルが構築されています。現在では、これらのモデルは実際の交通・立地政策の効果予測・評価に応用されるまでになっています。

 しかし、立地・交通統合モデルに関するほとんどの研究は、都心や都市の数・位置・規模を与件としています。これは、既存のモデルでは、想定する政策の"短期的"な影響しか分析できないことを意味しています。なぜなら、長期的に生じるであろう"交通条件の変化が経済活動の空間分布に与える影響"の重要な部分を無視しているからです。

研究の背景2

 この"交通条件が経済活動の空間集積に与える影響"を扱った経済理論は、「空間経済学」と呼ばれる研究分野で蓄積されています。空間経済学は、都市経済学、新経済地理学、国際貿易理論などの分野を含む統合的な研究分野であり、近年、大幅な研究進展がみられています。

 この分野の大部分の研究は、"なぜ経済活動が空間的に集積するのか"ということに焦点を当てたものであり、「集積の経済」と呼ばれる、経済が集積することのメリットを導入したモデルの構築が重点的に行われています。

 しかし、これらの研究の殆どが、経済活動の空間的集積が"どこに"、"どの程度"起こるのか、という疑問に答えられない枠組みで行われており、「経済活動が空間的に集積する」という事以外の説明が出来ません。現在でも、集積の経済を含むモデルで創発する"空間的集積パターン"の特性は、殆ど全く分かっていません。

 この現状は、土木計画学分野で必要とされる定量的分析への応用上の本質的な限界・課題となっていると考えています。

研究の背景3

 そこで、なぜそのような限界が残されたままなのかということを調べてみると、そもそも「集積の経済」を扱うことが非常に難しいということがわかります。具体的には、「集積の経済」を含むモデルには、「複数の均衡状態が存在」する上、「均衡解の分岐現象が不可避的に発生」してしまいます。これらに起因するモデル解析の困難さが、先ほどの限界を生じさせていました。

 ただし、この問題は空間経済学特有のものではありません。類似した困難は、物理・工学・生態学など数多くの分野にも存在しています。そこで、それらの分野でどのようなアプローチによりその問題を解決しているのかを見てみると、

・まずは(非現実的であっても)理想的な状況設定の下でのモデルの特性に関する研究を蓄積し、

・その研究蓄積に基づいて、複雑(現実的)な状況下でのモデルの特性を明らかにしている

ことがわかります。このことから、非現実的であっても、モデルの基本特性に関する研究蓄積が重要であることがわかります。当然、空間経済学分野でもこうしたアプローチをとるべきであると考えられるわけです。

3.既存研究

既存研究

 

 では、空間経済学分野でこのようなアプローチが全くとられていないかというと、そうではありません。最近になり、東北大学の池田清宏先生、赤松隆先生、河野達仁先生を中心とした研究グループにより、空間経済モデルの分岐挙動を解明する試みが行われています。

 この研究では、群論的分岐理論と計算分岐理論を併用したモデルの分岐解析手法を提示し、ある理想的な空間特性の下でのモデル特性の把握に成功しています。ただし、その分析は数値計算によるものであるため、この手法では系統的なモデルの特性把握が難しいという面がありました。

4.研究の目的・成果

研究の目的・成果

 そこで、博士課程在学中は、「モデルの分岐特性を解析的に把握できる分析手法」を提示し、それを使って、「モデルの分岐特性を系統的に解明」することを目的とした研究を行いました。その成果として、理想的な空間設定の下で解析的に均衡解とその安定性を明らかにすることのできる手法を提示し、その分析手法を用いてモデルの数理的構造と創発する集積パターンとの対応を明確化することができました。これらを通じて、土木計画学分野への応用に向けた研究を蓄積することができたと考えています。

5.得られた成果の例

得られた成果の例

 ここで、得られた成果を2つご紹介したいと思います。

 その一つは、複数の都心が形成されるメカニズムを明らかにしたことです。実は、都心形成現象を説明する理論は都市経済学分野で1980年代から研究されているのですが、複数の都心が出来る明確なメカニズムは不明なままとなっていました。複数の都心が形成するメカニズムの解明は、都心の郊外化を表現できるモデルを構築する上で不可欠であることを考えると、土木計画学分野においても重要な研究課題といえます。私の学位論文では、都心の郊外化を表現する(複数の都心が形成する)ためにモデルが満たすべき要件を始めて明確化することに成功しました。そのメカニズムを具体的に説明する時間がないため、ここでは省略させていただきますが、モデルが持つ人や企業を空間的に集める集積力や、人や企業を反発させる分散力の距離減衰特性が複数都心を生む重要な鍵となることを明らかにしたことは、本研究の重要な成果です。

 もう一つの成果は、定型化された事実(stylized fact)の一つを説明することに成功したことです。具体的には、階層原理(Hierarchy Principle)と整合的な空間集積パターンが創発するメカニズムを明らかにしました。この階層原理とは、都市間の産業構造の入れ子関係を表すもので、小都市に立地する産業集合が大都市に立地する産業の部分集合となる性質を意味するものです。この規則性は、1930年代に発見され現在でも成立し続けている、都市に関する重要な規則性の一つであり、この規則性が自己組織的に形成されるメカニズムを解明したことも、本研究の特徴となっています。

6.学位論文のまとめ

学位論文のまとめ

 先ほど示した結果は、学位論文の中の一部であり、学位論文の構成は、この表にあるように都市間モデル・都市内モデル別に、モデルの基本特性と、"空間構造"・"移動主体の種類"に関する拡張を行った場合のモデルの特性を示すというものになっています。

 これらの成果を得るために、従来の1次元空間・単一種類の移動主体を扱うモデルの分岐特性を統一的に把握できる手法を、2次元空間・複数種類の移動主体の枠組みにも適用できるように拡張しました。その上で、先ほど話したような、様々な空間集積パターンの創発メカニズムを解明したというのが学位論文の内容です。

 今後は、学位論文で得られた成果を土木計画学分野に応用することに取り組んでいく必要があると考えています。特に、"都市"に関するstylized fact(定形化された事実)と整合的なモデルの構築した上で、定量的な分析を行うことのできるモデルへと発展させることを目標に研究を進めていこうと考えています。

 そのために、私が現在、最も重要と考えている課題が、都市規模分布に関する規則性である「Rank- Size rule」を説明できるモデルの構築です。

 本日は、せっかくの機会ですので、学位論文後に行っている「Rank-Size rule」と整合的なモデルの構築を目指した研究を少しご紹介させていただきたいと思います。

7.学術論文後の研究

学術論文後の研究1

 まず、「Rank-Size rule」とは何かということをご説明したいと思います。

 Rank-Size ruleは、都市規模分布のべき乗則です。これは、都市を人口規模で順位づけして、横軸に順位の対数、縦軸に人口規模の対数を取ったグラフにプロットすると、殆ど全てのプロットが傾き-1の直線上に並ぶ、という法則です。アメリカの都市規模を例に挙げると、1900年であれ、1950年であれ、2000年であれ、殆ど全てのプロットが、同じ傾きの直線上に並んでいることがわかります。このように、この法則は100年以上にわたって成立する大変興味深い法則です。

学術論文後の研究2

 この法則は、アメリカに限らず、殆どの国で成り立ちます。実際、日本の都市規模分布も、同じ法則に従うことが確認できます。このように、Rank-Size ruleは場所や時代に依存しない、非常に頑健な法則です。したがって、経済活動の空間分布に関する定量的な分析を行うモデルは、必ずRank- Size ruleと整合的である必要があると言えます。しかし、このRank- Size ruleは、The Urban Mysteryと呼ばれているように、なぜ都市規模分布がこの法則に従うのかが未だ明確になっておらず、どんな理論モデルでも再現することが困難だとされているのが現状です。

学術論文後の研究3

 そこで、現在、Rank- Size ruleと整合的な空間集積パターンが創発するメカニズムの解明を目指した研究を、京都大学の森知也先生、東北大学の赤松隆先生と行っています。

 そのために、大規模な都市集積モデル(都市数・産業数が膨大なモデル)を構築し、数値シミュレーションにより、均衡状態とRank-Size ruleが整合化する要因を、既存の研究蓄積を基に、調べています。

 その結果、Rank- Size ruleを生み出すには、1)複数の極が形成され、2)Hierarchy Principleが成立する、という特性を持つ都市集積モデルにおいて、3)多様な産業(様々な集積・分散特性を持つ立地主体)が存在する状況を考える必要があることがわかってきています。最初の2つの条件を満たす都市集積モデルは、私の学位論文の知見を利用すれば容易に構築することができることを考えると、この研究成果は、土木計画学分野への応用上、非常に重要なものであると考えています。

8.数値実験結果

数値実験結果

 ここでは、この研究で得られた数値シミュレーション結果の一例をご紹介します。

 この図は、シミュレーションで得られた都市の人口分布を表したものであり、横軸に「都市の位置」、縦軸に「都市の人口規模」を取っています。ここでは、輸送費用の水準が異なる2つのケースを示しているのですが、この結果から、輸送費用の水準に応じて、大きく都市の人口規模が変化していることがわかります。ただし、どちらのケースもほぼ等間隔に同規模の都市(極)が位置しているという特徴を持っており、さらに、この図では確認できませんが、両方ともHierarchy Principleを満たしています。

9.モデルの均衡状態

モデルの均衡状態

 

 

 この2ケースの都市のRankとSizeの関係をプロットしたのが、左の図です。この結果から確認できるように、輸送費用の水準によらず、どのケースのプロットもほぼ直線上に並ぶことがわかります。さらに、右側に示した日本の都市規模分布を表したプロットの形状と似ていることも確認できます。このように、(空間集積パターンに大きな影響を与える)輸送費用の値によらず都市規模分布が、Rank- Size ruleと整合的になりうることを、現在確認しています。まだまだ、数値シミュレーションに不十分な点があるため、今後,この方向でさらに研究を進め、Rank-Size ruleと整合的な空間集積パターンを生み出すメカニズムを示したいと考えています。

10.おわりに

おわりに

 それでは最後に、これまでの研究成果をまとめさせていただきます。

 学位論文を含めたこれまでの研究成果により、1)様々な空間集積パターンの創発メカニズムを解明し、2)交通基盤整備の効果予測・評価などに利用可能な経済集積の理論に関する研究が蓄積できたと考えています。特に、stylized factsと整合的な集積パターンを生む本質的要因や、既存のモデルの特性を系統的に解明できたことは、重要な成果であると考えています。

 今後は、これまでに得られた知見を社会基盤整備の効果予測・評価に応用可能なものとするために、1)経済集積の理論の体系化、2)立地・交通統合モデルの構築を行い、研究をより実のあるものにしていきたいと考えております。

 最後に、本日は、大変名誉ある賞を頂きまして、指導教官をはじめ関係者の皆さまに深くお礼を申し上げます。ありがとうございました。

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