人と地域にあたたかい社会システムを求めて


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公益事業情報

米谷・佐佐木基金

研究報告講演

羽藤英二氏

羽藤 英二
東京大学大学院 工学系研究科 准教授

【 研究題目 】
価値と現象の計画学

 私からは、この賞を受賞させていただいてから1年間やってきたことについてお話しさせていただければと思います。よろしくお願いします。

1.はじめに

 

 私がこの1年どのようなことに着目して研究してきたかと申しますと、一番大きな関心としてはシェアというものについて注目して研究をしてきたつもりです。従前の交通というものは、基本的にトラフィックに関して言えば、世帯であったり会社であったり、こういうものが車を私有しているなかでいろいろな交通行動が起こっているわけです。これが、世帯間で車がシェアされる、あるいは会社間でシェアされる。さらにそれが、ここでは「モビリティ・クラウド」という表現を使っていますが、さまざまな主体が限られたリソースを共有していくなかで、将来の交通体系が再編されていくのではないか、そういう技術的な可能性が出てきているのではないかという関心のもとに問題を考えようとしています。

 より具体的に言いますと、モビリティというのは移動ですが、移動する車両の問題と同時に、車を停める場所、スペース、この両方をどのようにシェアするのかという問題を考えたいと思って、1年間これに集中して研究してきたつもりです。

 特に「複数主体における同時意思決定」とか「総合交通管制システム」と資料に書いていますのは、このような問題に対して、特にたとえば阪神高速のような高速道路のロード・プライシング、あるいは課金、渋滞を起こさない範囲での収益の最大化、そういう問題を考えようとした時にも、駐車場のようなサービスを高速道路と合わせてやることで、それを高速道路利用者に対して課金の新たな手だてとして考えていく。それを共有していく。そういうことによって新しい交通管制ができるのではないかと考えて、この問題をどう理解したらいいかということに取り組んできました。

2.モビリティをシェアするモデル "Car 2 Go"

 

 モビリティをいろいろな形で共有するわけですから突拍子もないのかなと思っていたのですが、「Car 2 Go」という仕組みがすでにダイムラーのほうで実装されています。ハンブルクの市域で300台ほどの車が置かれていて、会員になっている方がたは自由にこの車両を使うことができるというサービスがすでに実現している。これは車が共有されているだけではなくて、車を停める場所が同時に共有されている。これを運用するオペレーション・システムで自動車会社が新しいサービスを展開しようとしている。そういう時代に突入しようとしていることがどうやらわかってきた。

3.つながり…それは関係性の問題

 

 そういうものを「つながり」と申していますが、いろいろなモビリティ、いろいろなスペースを複数の人が共有する、そのつながりをどうやって設計していくか、あるいは制御していけばいいのかということについて、なにをそもそも理解していくべきなのかという研究課題にブレイクダウンして問題を考えようとしています。

 そもそもそういう問題は、では交通制御とか交通管制に特化した問題なのかというと必ずしもそうではなく、縮退とか高齢化とか被災地とかコミュニティの維持みたいなことを考えた時に、さまざまな限られたリソースをシェアするという概念はかなり一般的なレベルで重要度を増してきているのではないか。その時に、シェアするということ、複数の人があるものを使うということに関して、もう少しきちんとした理解が必要ではないかと考えました。

 その時に、当然一つのものを複数の人が使うので、選択が連鎖する時に生じるさまざまな不確実性がある。前の人が使って、たまたま返すのが遅れる。遅れたということは次の人が当然使えなくなる。そういう不確実性ですとか、あるいはそれによって生じるシステムが頑健ではなくなる。だからどのようにオペレーションしたらいいか。そのようにして発生するリスクをどう判断して、どのように利用者に与信を与えればいいのか。こういうことをきちんと体系的に理解することが重要ではないかということを考えています。

 それは、結局は関係性の問題です。世帯内の関係性をどのように理解したらいいのか。よく考えてみると、世帯内では1台の車を複数人の方がシェアしているわけですので、その世帯内の関係性そのものを社会に拡げてみた時に重要ではないかということを一つ問題として考えたいと思ったということです。

4.東日本大震災を契機に考えたこと

 

 具体的な交通システムに関してシェアということを研究しようとずっとやっていますが、その一方で、関係性の研究ということで見た時に、東日本大震災というものに私どもは直面しました。

 これは陸前高田市です。ここで津波が起こってどのようなことが起こったかを見てみます。ほとんどの方が山際のところに逃げておられます。非常に多くのトリップが、地震が起こったあと動いています。これはどのようなことで起こっているかというと、ご家族のところとか職場の確認とか、あるいは身近に見える人を助けるとか、ものすごい勢いで、地震が起こってから38分だったと思いますが、そのあいだに平均で4から5のトリップが発生しています。それらはある種のつながりを求めてそのような移動が発生している。そのあと山際に逃れた方は助かり、1,957人の方がここで命を落としたということです。

 それは「つながり」ですね。見捨てれば助かるということが津波の場合はあるわけですが、そのつながりを求めたがゆえに亡くなった方もいるし、あるいはつながりがなかったために助からなかったという人もいる。これをどのように理解したらいいのかということを、3月11日以降ずっと考えてきています。

 ただ、そのような問題をいきなりゼロから考えるのではなく、別の災害の時ですが、これ以前にも私は被災地に入って、どのような形で人と人とがその時助け合っているのか、あるいはまったくそのようなことに関わらずに、孤立点として被災地で存在しているのかということを分析していた際に、関係性の形成とその連鎖に関して、動的な発生メカニズムについて解析をしてきたという例があります。

5.統計的に「ネットワークのつながり」を分析

 

 その際に、ボーズ・アインシュタイン凝縮という物理学、統計力学の分野で理論があるわけですが、人と人とがつながるということを、粒子と粒子が分子間力である種の力で関係づけられる。このようなものでもっともわかりやすいのが、我々の分野で言えば、いわゆる重力モデル。ようするに、双方の魅力度、地域の魅力度と距離の二乗に反比例する形でつながりが決まるというようなことは、一つの地域ともう一つの地域とのつながりを表す方程式として知られています。

 同じようにこの分子挙動という形で人と人とのつながりを考えようとした時に、通常我々はいちいちそれぞれの関係に関して「この人は私と関係がある」、「この人は関係がない」という形でモデリングしてやるというやり方もありますが、あまりにも厖大な人々がいる時に、誰とつながるとかつながらないとかをそのように記述するのではなく、量子統計的な処理、ようするに統計的にそのネットワークのつながりを分析する方法があるということです。

6.レイヤー間の推移確率をモデルで表現

 

 その際に、これは縦軸がその物質のエネルギー順位、中にエネルギーがどのくらいあるのかを示しているわけですが、一番上のレイヤーであれば、誰ともつながっていない状態。次の状態であれば誰か一人とつながっている。次の状態であれば誰かもっとたくさんの人とつながっていると考えた時に、ある人とある人とがつながる確率が、たとえば災害の圧がどんどん高まってくると下のほうのレイヤーに行って、いろいろな人とつながろうとして、それがあまりない時には上のほうのレイヤーにあるというような形で表現して、上から下あるいは下からさらにその下というように、この推移確率がエネルギー順位に比例するという形で表現することができる。

 そのように仮定した場合に、これは計算がいろいろあるのですが、このような形で、ある種のネットワーク、先ほど陸前高田のさまざまなノード、いろいろな人びとがつながりあって動いていくという表現をしましたが、その際に、ものすごくたくさんの人とつながる、たくさんの人を助ける。そういう人のつながりの集中が起こると同時に、一番右側の場合は、横軸は誰ともつながっていない人たちがたくさんいることを示しています。

 縦軸はつながりの次数で、横軸はその順位を示しています。右端のところはつながりを放棄して誰ともつながらない。災害が起こっているけれども、誰ともつながっていない人がたくさんいると同時にものすごく多くの方とつながっている人もいるという状況が、エネルギーがかかった状態、すなわち災害が起こった状態の時に起こるということを、実証的に確認したものです。

7.モデル研究で得た知見

 

 たとえば、以上のようなモデルをやりますと、被災地でどのような形で人と人とのつながりが発生しているのかというと、このような形でつながりが出ているわけですが、見ていただくとわかるように、あるノードにつながりが集中している。その反面、誰ともつながっていないような人があるということです。災害が起こった時、かなり短時間にこのようなネットワークの集中が起こっている。

 一方で、それ以降、12時から17時、要するに災害が一段落したあとはどのようなつながりが発生しているか。このような時はネットワークの形成は分散的に起こっている。要するに同じ被災地でも、災害がまさに起こっている時とそれ以降の時とでは、人と人とのつながり方がまったく違っていることが、この研究によってわかっているということです。

 この量子統計的なアプローチを使って、マクロ的に被災のような圧力がかかった時にどのように人のつながりが集中する、あるいはまったくそのようにつながらない人たちが確率的な分布としてどのように発生しうるのかということを、現実に陸前高田、被災地で起こっている問題と結びつけてどのように考えていったらいいか。あるいはその時に、ネットワークをどのように計画していったらいいかということを少し考えようとしているということです。

8.被災地でのネットワークの計画

 

 これは具体的に被災地でネットワークの計画をどのように考えようかということで、3月11日以降考えている例です。被災地でいまどのように復興計画を立てるかという時に、防潮堤の高さを100メートルに上げることはできませんので、また津波は超えてくる。その時にどうやって交通流を流せばいいのか。それは我々の分野で言えば、たとえば容量制約つきで何台流せるのか、あるいは、交差点の容量解析をしてどのように流すのかという問題もありますし、先ほどの人と人とのつながりということで言えば、誰と誰が助け合ってどのように逃げるのか、どのように集落をつくればいいのか、そのような問題を総合的に考える必要があるということです。

 その時に、山側のコンターに向けて垂直に逃げる避難路をどのようにして設計するのか。あるいはその時、交差点部の設計はどうするのか。縦断勾配をどうするのか。そのようなことを総合的に考えるということでやっているということです。

9.価値の問題を考える

 

 ただし、このような問題を考えるのに従前となにが違うのかというと、我々がこれから直面しようとしている時代は、人口が減少する時代にあるということです。

 このようななかで、多くのお金を投入する、あるいはすごい高さの防潮堤を築くことが、はたして現実的なのかという問題があります。このような問題に対して、我々は交通工学あるいは交通計画的にどのような答えを出していったらいいのかということを考えなければならない。

 米谷・佐佐木賞ということで言いますと、佐佐木先生の書かれた『交通工学』という教科書に「交通工学というのは価値の交通工学と現象の交通工学があって、この教科書では現象の交通工学を取り扱います」という文章があって、「ああ、そうなのか」と思った覚えがあります。いま言ったような防潮堤の高さの問題とか、人口が減少していくなかで交通計画をどのように考えていくかという問題は、命の問題も含めて、価値をどのように計画学あるいは交通工学の問題のなかで考えていくかということにつながると非常に強く感じています。

10.現象とか価値の取り扱うべき問題の大転換

 

 私どもがいま置かれている都市とか地域がどのような枠組みでできてきたのかを考えた時に、基本的には、阪神高速道路や、さまざまな鉄道ネットワークを都市に外装することで都市が拡張してきた。そのなかでは、地域にある都市性みたいなものが幾分失われるようなところがあったのかなと思っています。

 その一方で、これから2050年ぐらいに向けてどのような計画を考えるかという時に、都市像の転換、あるいは地域像の転換が行われるべきではないかということを少し考えました。そのなかで、先ほど言ったように現象とか価値の取り扱うべき問題の大転換──というと少し大げさですが、問題を改めて考える必要があるのではないかということを考えています。

11.海外の例を考える

 

 そう思っていろいろ海外の例も見ていますと、たとえばパリであればこのような形で、1,000万人の都市を50万人の都市に再編するという都市の新しい括り方の再定義であるとか、「セーヌ川首都圏」と呼ばれるようなパリをセーヌ川に沿って広域的な都市構造に見立てていく──「見立てる」と言っていいと思いますが、そういう構造とか、あるいは緑の多孔質化戦略というような、グリーンベルトはなかなか難しいので、公園を連鎖するような形で歩行のゆるやかな遅い交通のネットワークを作っていこうというような新しいものの見方が出てきている。

 一方でアジアに目を転じて見ますと、これは同じくらいの空間スケールで北米とEUとアジアを拾ってみました。北米とEUが4億人程度なのに対して、アジアは40億人です。広域で見るとアジアの人口規模が非常に突出している。

12.新しい都市を設計するというニーズ

 

 この1年間の活動のなかで、鄭州というところで、都市をどのように新しくつくるのかを考えています。従前我々の都市計画とか交通計画のなかでは、新しいまちをつくるというよりは内科的な処置、ようするにあるまちをどうマネジメントするかに焦点が絞られているようですが、いま言ったような発展していくアジアのなかで新しい都市をどのようにつくるのか。どうやってつくるのかという時に、シェアリングのようなサービス、あるいはDRTとかPRTとかさまざまなモビリティ・システムを入れた時にCO2の排出量がどうなるのかといったことも併せて検討するなかで、新しい都市を設計していくというニーズが実はあったりする。

13.都市空間や都市像の大転換

 

 そのように世界をいろいろ見てくると、都市空間あるいは都市像の大転換とは言いながらも、いろいろな位相の技術あるいは都市像が、世界を見てみれば求められている。ただしその反面、日本はどうなるのかと見た時に、ご存じのように2009年に8,164万人の労働者人口が2050年には4,930万人になる。東京の65歳以上の世帯主は2050年には3倍になって、親子4人家族はいまの6割になる。2035年までに人口減少は1,200万人で、大阪では300万人が減少するということで、驚くべき数字がリアリティをもって我々に迫ってきている。

 日本は世界に先駆けて少子高齢化社会になるわけですが、この驚くべき変化は文明国であれば女性の社会進出等によって非常に当たり前の事実として、我々の国のあとでアジアあるいは北米とかヨーロッパでも起こりうる。このような問題を我々がどのように考えるのか、いろいろ問題を考えてみようということで、具体的に東京でなにが起こるか考えてみました。

14.「ムラ化」する社会

 

 たとえば2050年には、日本は昭和22年ぐらいの人口になります。あるいは渋谷の圏域が2050年にどうなるかというと、非常に小さくなってしまうということです。小さくなるとはどういうことかというと、高齢化社会になったり、あるいはITによって通勤がある程度減少したり、ということを考えると、渋谷の通勤圏域はすごく小さくなる。それは結局、我々は「ムラ化」という表現を言っていますが、移動の範囲が非常に小さくなる。身近なところで動くようになる。そういう状況になった時に、いまある道路空間とか交通体系をどのように2050年に向けて考えていけばいいのか。どのような学問大系、あるいは研究をしていくべきなのかということを改めて考えています。

15.研究テーマを改めて考える

 

 関東大震災とか東海・東南海・南海といった震災も予想されます。マグニチュード8クラス、震度7クラスで外房の地震が起こった時にどのようなことが起こるのか。

 あるいは、災害はそれだけではなくて、ゲリラ豪雨みたいなものが起こると、渋谷は谷地形になっていますので、1.5メートルとか3メートルぐらい浸水する。

 また、過去にどのような災害が起こっているか。地震が起こった時に木造とかRCでどのぐらいの建物が壊れるか。震源地がどこになるか、あるいは火災がどのようなところで起こるか。研究室でいろいろなシミュレーションをやったり模型を使ったりしながら、どのような問題を研究テーマとして捉えていったらいいのか改めて考えています。

 そのなかで四つぐらいのテーマを考えています。たとえば「閉鎖系都市」、かなり都市がムラ化する。高齢化が進むと行動範囲が狭くなるので、都市の空間スケールをどのように捉えたらいいかを重要視してやっていくべきかと思います。

 あるいは、モビリティ・クラウドというような、先ほどの「シェアリング」のような問題。あるいは「法制度とか地域安全保障」。それから事前復興的な考えでどのようなことをしていくのか。「災害をどのように悼んでいくのか」という問題をどう考えたらいいかを考えています。

16.おわりに

 

 机上の空論ばかり言っていてもしようがありませんので、このような形でマイクロ・シミュレーションをやって、どのように復興をしていくべきか、閉鎖系の都市にするのであれば、どのような交通体系にして、中を遅い交通で支配的にして外側を速い交通で動かせるようにするのかということも、非常に射程をとばしたような形ではありますが、ある程度定量的に考えるということをしています。

 以上で私の話は終わりです。「価値と現象の計画学」というタイトルでお話をさせていただきました。どうもありがとうございました。

 

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