人と地域にあたたかい社会システムを求めて


ホーム>公益事業情報>米谷・佐佐木基金>過去の授賞式>第6回米谷・佐佐木基金>受賞者(研究部門)の挨拶

公益事業情報

米谷・佐佐木基金

受賞者(研究部門)の挨拶

羽藤 英二氏

羽藤 英二
東京大学大学院工学系研究科 准教授

【 研究題目 】
動学的意思決定機構に着目した自律型交通計画−管制システムの研究

  受賞の対象になりました「動学的意思決定機構に着目した自律型交通計画−管制システムの研究」の内容について少しお話しさせていただければと思います。

これまでやってきたこと

これまでやってきたこと

 

 これまでやってきたことを整理してみますと、いわゆる行動モデルの部分と行動計測の部分、そしてそれらを統合した自律型の交通計画−管制システムの研究という三つのフレームになるかと思います。今日はこれまでの研究を時系列でお話しさせていただきます。

1999年まで

1999年まで

 

 私は1992年に大学院を出ましてから最初は会社員をしておりました。当時は飯田恭敬先生や北村隆一先生が全力でパネル・データの研究を始めていて、全国的に行動モデルの動学化が研究されていました。週末だけの研究でこの流れについていくのは無理だと諦めました。

 当時、冷戦終結に伴って軍事技術を民生に転用する、IVHS:intelligent vehicle highway systemいう動きが出てきました。就職先が自動車会社という関係で、ロスアラモスの水爆シミュレーション実験をやっていたグループが交通シミュレーションの分野に参入しているとか、ダイムラー社がどういう研究をしているとか、という情報がどんどん入ってきました。

 それで、いわゆる情報、移動とか交通行動のなかに情報技術が入ってくることをどう捉えてどのようにモデル化していくか、この切り口はまだ誰も手をつけていないし自分だとそういう情報にタッチできるので研究できるのではないかと決意して、週末と夜だけだったんですが、「情報と行動」の研究を始めました。

 最初は単純に情報の影響を離散型の選択モデルに入れるというモデルを考えたのですが、それでは面白くない、どう工夫できるかと考えて、ドライバーとか旅行者が情報をどうやって獲得するか、「情報を獲得するかしないか」そこからやってみようと思いつきました。情報獲得行動そのものをモデル化しようとしたわけです。

 その成果を1997年オースチンで開催されたIATBR(世界交通学会)で発表したところ、座長のカシェッタ(Cascetta)がこういう切り口は非常に新しいと評価してくれて、Transportation Researchに掲載されました。

Cambridge(1999-2000)

cambrifge(1999-2000)

 

 このあたりからもう一歩踏み込んで研究を進めていきたいという気持ちになって、1999年から2000年にケンブリッジに滞在する機会を得ました。

 マクファデン(McFadden)がノーベル経済学賞をとった直後ということもあって、彼がノーベル経済学賞のスピーチのなかでモシェ・ベンアキバ(Moche Ben-Akiva)への感謝の意を表したり、彼の業績のなかのほとんどがモシェとの共著の論文だったということで、かなり優秀な人材がMITのケンブリッジに集まっていました。

 私はモシェの下でマイクロシミュレーションモデルの開発をしていましたが、情報獲得行動についてもう少し深く掘り下げた概念化といいますか、どういう理屈で情報に価値があるのかいう部分をもっと精緻にモデル化しないといけないと思っていました。

Consistency

Consistency

 

 ある日モシェがどこかの国の使節団向けのプレゼンテーションで、天気予報で情報を提供しても天気は変わらないが、交通の場合は「空いている」という情報を流すと混む場合がある。このconsistencyの部分で天気予報と交通情報は決定的に違う、情報を流すことによって人の行動が変わるということを言ったわけです。

 ここでハッと「機会損失」に思い当たりました。効用の部分に情報があった場合となかった場合で、どういう機会が損失するのかということによって、人間というのは情報を獲得する、しないということを決めているのではないか。たとえば天気予報で雨という情報をみなかったことで喪われるであろう損失利得(雨にぬれるといった可能性)で情報の価値を概念化できるんじゃないか、その損失、あるいは利得を効用関数に組み込んでモデル化してみてはどうかと考えました。

 この図は上からt、t+1、t+2ということで、ドライバーが情報を得るに従って、効用の値がどんどん変わってきます。t時点では、効用が高いと思った選択肢を選んでもそれによる機会損失(効用が負となる確率)が大きいので、より精度の高い情報を獲得して機会損失を小さくしようとする。要するに情報獲得と経路選択モデルを入れ子の構造にして、不確実性下の意思決定モデルを作りました。

 このアイデアで世界交通学会でBursary Prizeという奨励賞をもらいましたが、モシェが壇上でバックスラッピングとかしてくれて、非常にうれしかったのを憶えています。

愛媛(2001-2005)

愛媛(2001-2005)

 

 次に愛媛に戻ってきまして、朝倉康夫先生と柏谷増男先生の下でプローブパーソン技術の研究をさせていただきました。

 私は「情報と行動」ばかりやっていたのですが、朝倉先生と柏谷先生は「空間」ということにすごくこだわっておられて、空間のことを忘れてるだろうと批判された。当時溝上先生の研究グループと朝倉先生のグループでは、学生を使って熊本と松山で走行実験をやって、実際の空間でどういう経路選択が行われているのかということを研究していました。実際の空間を舞台にした実験経済学的なアプローチのハシリだったような気もします。

 そこで私もそういうものをていねいに測っていくことを考え始めました。車の技術に関しては多少知識があったので、最初のころは車に直づけしたソケットで、車の加速度とか速度、アクセル解除、こういうもののデータをとって、交通量の分析をしたらどうかという話をしていたのですが、そのうちに、PHSの電界強度の減衰特性を使った機器があるということで、それを使って人の行動が計測できないかと考えて研究を始めました。阪神高速さんと組んでいろいろやって、結果的にプロジェクトとしてはうまくいかなかったのですが、当時としては世界初のオンライン型の行動計測だったのではないかと思っています。

 仲間といっしょに議論する中で、移動と滞在を識別するとか、マップ・マッチングではなくてルートをマッチングさせるんだということで、さまざまなアルゴリズムがここの過程で生まれていきました。

 ワールドカップ(2002)のときに札幌(イングランド対アルゼンチン戦)でリアルタイム・モニタリングにもう一度挑戦してみました。そのときの絵がこの右下に書かれているものです。

このときは、精度が悪い部分に関しては、当時はBluetoothが10メートルぐらい電波が飛びますので、地下鉄の駅から会場に行くまでのところにBluetoothの端末を設置すると同時に、PHSの受信するレシーバー、基地局を札幌ドームのなかとか、あちこちに敷設しました。そのかいもあってか一応リアルタイムにモニタリングして、その情報を使ってデータを拡大して、交通情報としてユーザー、観客の方々に出すことができました。

東京(2006-2010)

東京(2006-2010)

 

 2006年から東京に行くことになります。ここでもさらにプローブパーソン技術を開発していくと同時に、それに加えて、モビリティクラウドの社会実験に着手していきました。モビリティクラウドというのは、さまざまなモビリティをすべて共有にしてしまおうというものです。すべてのモビリティの位置を自動的に情報技術で管理して、適切なインセンティブ、情報提供で自由に使えるようにする、自転車の共同利用、あるいは電気自動車の共同利用みたいなものがありますが、それをハイブリッドに結びつけていくというものです。こういうものをあちこちのまちで試すということをやっています。

(比較的大きな)問題意識

比較的大きな問題意識

 

 これはよく出している図です。かつては「十人一色」と呼ばれているような非常に単純な生活行動パターンがあった。そのころは、原単位を人口にかければトリップ数が全部出て、交通量配分をすることで計画がある種できていたので、ひょっとしたら調査などをしなくてもいろいろなものができていたかもしれない。それが「十人十色」になって、ある程度モデルを使って、1日の調査でいろいろ考えていこうという時代に入っていった。

 私自身の悩みは、「一人十色」と呼ばれるような、非常に複雑な都市社会の施策について、実際にリアルタイムで現在もネット上でツイッターであるとかカーナビであるとかスマートフォンであるとか、こういうものによって刻一刻と吸い上げられている実際の都市のなかの生活行動、これをどのように捉えて切り込んでいけばいいのかということに関して、少し難しさ、あるいは懐疑的になるようなところも感じていました。

ようするに、何をどう見つめればいいかということです。これに関して朝倉先生が好きでしょっちゅう使っておられるんですが、佐佐木先生に「頭脳ファシズムと細胞民主主義」という言葉があります。これは皮膚感覚を持って施策とか都市を「見るでもなく、見ないでもなく、見る」というようなことかなと思いますが、そのころから、理論とか観測をそのなかで洗練させていく、あるいは進めていくと同時に、そういうものを都市のなかに置いてみる。置くことによって、果たして人の生活は、我々が期待したとおりによくなるのか、あるいはどういう変化がもたらされるのか、あるいはそれを我々は予見しうるのか、予見し得ないものが生まれ得るのかということに関心が向かい始めました。

珠海新都市コンペ(磯崎新/内藤廣/羽藤英二)

珠海新都市コンペ

 

 中国には経済特区がありまして、香港の後背地にある深?と、マカオの後背地にある珠海、このあたりが経済特区になっているわけです。これはマカオの後背地の都市コンペです。

 磯崎新先生、内藤廣先生と私とで、先ほど少しお話ししたモビリティクラウドと呼ばれるような、パーソナル・モビリティを完全に共同利用にして、ベンディング・マシーン方式でICカードで利用できる方式を提案しました。まったく新しい新都市ですので、都市空間のなかで歩行者とこういうものが走る空間をどのようにデザインして作っていくのかを、模型を作ったり、あるいはシミュレーションして需要予測をすることをやるようになりました。

都市のなかで実装していくという意味では、デザイナーの連中と組む、あるいはプログラム自体は私も作りますが、プログラマーの連中と組む。それから、政策意思決定をする人たちと組みながら、こういう具体的なリアルタイム型の総合的な交通計画と管制を一体化させたようなシステムと、交通サービスそのものを都市にインストールするということを非常に強くやっています。

Real Time Transportation Policy

Real Time Transportation Policy

 Data Processing、Data Analysis、Output、Policyと書いていますが、さまざまなモバイルフォンの情報をリアルタイムに処理して、同時に交通サービスと結びつけていくということで、こういう開発をいまちょうどやっているところです。

ネットワーク上の行動分析の発展

ネットワーク上の行動分析の発展

 

 ネットワーク上の交通分析の発展は、かつては四段階推定法、それから均衡配分、シミュレーションときたところですが、縦軸にデータ・サイズをとると、いまはデータ・オリエンテッドなメソッドに移行しつつあるのかなと思います。こういうなかで我々がどういう方向を見出していけるのかということを強く意識して、いま研究しているところです。

終わりに

 

 

 今回の受賞について選考委員の先生がたに心より感謝を申し上げます。私が語るようなことでもありませんが、学問というのは細くて長い道であって、つねに先輩方の軌跡を繰り 返しているようなところもあります。また、多くの学生さんが私と一緒に昼夜を問わず研究をしてくれたことによって、今日このような賞をいただいたことを非常にうれしく思っています。今後も引き続き研究に専心していくことで感謝の気持ちに替えさせていただければと思っています。ほんとうにありがとうございました。

  • 公益事業情報TOP
  • 米谷・佐佐木基金TOP
  • 選考結果
  • 過去の受賞式
関連リンク

情報化月間はこちら


ページの先頭へ