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米谷・佐佐木基金

受賞者(学位論文部門)の挨拶と受賞講演

力石 真氏

力石 真
広島大学大学院国際協力研究科 特任助教

【 研究題目 】
活動・交通行動の変動及び変化に関する研究

  第6回の米谷・佐佐木賞学位論文部門を頂戴しまして、たいへん光栄に思っております。こういった賞を作ってくださった先生方、また学位論文の研究において直接ご指導いただきました藤原章正先生、張峻屹先生に、この場を借りて感謝の意を表したいと思います。
それでは、簡単に私の学位論文「活動・交通行動の変動及び変化に関する研究」についてご紹介させていただきます。

1.背景:計画の実現過程に内在する不確実性

背景:計画の実現過程に内在する不確実性

 

 

 交通計画においては、現在使用できる情報を用いて将来を予測するため必然的に不確実性を伴いますが、予測値を公表したり説明したりする場においては、確定的な値として公表されることが通常であるため、需要予測不信を招いている面があります。

 こういった問題への対応策として、たとえば幅を持った予測値の提示等が言われてきていますが、実際には予測値がどの程度不確実性を孕むのかといったことを詳細に把握しておかないと、その幅をどうやって持たせるのかすらもわからないので、そういったところが課題になってくるのではないかと考えて始めたのがこの研究です。

2.研究の視点・目的

研究の視点・目的

 本研究では、情報の抽出/集約プロセスにおいて捉えきれなかった変動・変化が不確実性を生む主要な要因の一つであるという考えの下で研究を進めていきました。

 予測とは現時点で得られる情報を元に将来時点に推論を拡張していくことですから、施策検討プロセス上で起こり得る不確実性と、時間軸上で起こり得る不確実性の二つに分けて、この二つの観点から不確実性の議論を行いました。

 具体的には、変動と変化の存在を明示的に示すような分析の枠組みを作ること、そしてその分析手法を用いて、できるかぎり多くの実証分析を通じて実際の行動にどのような変動・変化が存在し得るのかを明らかにしました。

3.変動・変化の定義

変動・変化の定義

 

 「変動」と「変化」という二つの言葉を使っていますが、本研究では、時間軸上のある断面(1年程度を想定)において観測される行動のばらつき、ゆらぎを「変動」、時間の経過に伴って、行動とそれを規定する要素の因果構造─たとえばパラメータの変化等ですが、そういったものを「変化」と定義しました。

4.分析手法の基本コンセプト

分析手法の基本コンセプト

 従来の情報の抽出/圧縮プロセスにおいては捨てられてきた変動・変化の情報をできるだけ捉えられる分析フレームを構築するために、誤差項のような通常は捨てられるほうに焦点を当てるような研究を行いました。ベースとした手法は、マルチレベルモデルやベイズ更新といった既存の手法ですが、それらをいろいろ組み合わせることで、ここに挙げているような分析フレームを提案しました。

 本日は、交通行動に影響するであろう5種類の主要な変動要因の設定と、分散の構造化による変動構造の変化の表現、この二点について実証分析の結果を交えてご紹介します。

5.施策検討プロセス上における変動の種類

施策検討プロセス上における変動の種類

 まず先ほど言った5種類の主要な変動について、ある1日の代表的な行動データをとっているパーソントリップ調査のデータと4段階推定法を例に説明したいと思います。

 実際に起こっている交通現象というのは時間軸上で起こっていますが、このうちのある代表的な1日の交通行動を抽出するのがパーソントリップ調査であったと思います。この際に、たとえばこの日とこの日の行動の違いというような個人内変動ですとか、経日変動といった情報は、データを抽出した時点で失われることになります。

 また四段階推定法ですと、この情報がさらにゾーン単位で集計されますので、個人間の差(個人間変動)とか世帯間の差(世帯間変動)といった情報は、集計の時点で失われることになります。

 最終的に、パーソントリップ調査と四段階推定法という組み合わせで焦点を当てているのは、空間変動の部分になろうかと思います。この空間変動のうちどれだけを説明できるかといったモデルを、ずっと四段階推定法では説いていっているという現状があります。

6.手法:マルチレベルモデルの援用

手法:マルチレベルモデルの援用

 この研究では、教育学や地理学、育種学等の分野で発展してきたマルチレベルモデルを援用して変動特性を解析しました。複数の階層的なランダム変数を導入して、先ほど示した個人間変動、世帯間変動、平日変動、空間変動、個人内変動の五つの変動要因について、変動と構造を特定したという内容になります。

7.実証分析結果(出発時刻)

実証分析結果(出発時刻)

 こちらがドイツのカールスルーエ・ハレの6週間の交通日誌データを用いて行った実証分析の結果です。

 図の見方ですが、たとえば学校目的の移動の出発時刻のばらつきがどこのソースから起こっているかということを示したものが横軸になります。学校への出発時刻のばらつきの30%程度は個人間の差から、35%程度は空間の差から、残りの35%程度は同一個人内での差から起こっているといった見方になります。この結果を見てみますと、たとえば出発時刻では、ほとんどの活動において、個人内変動の割合が大きいといったことがわかります。言い換えると、先ほどの施策検討プロセスの話でいくと、実際の交通現象からデータに落とす段階で、じつはほとんどの情報を失ってしまっていることがわかります。

8.実証分析結果(交通手段選択)

実証分析結果(交通手段選択)

 

 

 一方で、たとえば交通手段選択ですと、個人間変動や世帯間変動といったところの割合が高くなっていて、この結果が意味しているのは、交通現象からデータに落とす段階よりはむしろデータからモデル化のところ、空間単位で集計してしまうことによって多くの変動情報を失ってしまっていることが、この結果から明らかになります。

9.施策検討プロセス上における情報の損失量

施策検討プロセス上における情報の損失量

 

 

 以上のような結果から、パーソントリップ・データと四段階推定法を使ったときの情報の損失量みたいなものが計測できます。

 具体的に、活動発生、日常買物を行うかどうかのモデルを例に見てみますと、この交通現象からデータをとる、1日の行動データに落とす段階で70%程度の変動の情報が失われていることがわかりました。また、データからモデルにいく段階で27%程度の変動情報が失われていることがわかります。

10.変動特性解析の変化の把握への応用

変動特性解析の変化の把握への応用

 

 

 次に変化に関する実証分析の結果について説明します。ここでは先ほどの変動構造を特定する分析手法をそのまま拡張したものについてご紹介します。

 その拡張方法というのは、各変動の分散の大きさのところに時間軸を導入することによって、時間の経過とともにその分散の大きさが変わっていくということを考えて、先ほど言っていた70%の変動情報が失われるといった結果が時間軸上にどう関わっていくのかといったことを特定するようなモデルを作りました。

 ただし、実証分析ではこのモデルを適用できるようなデータが入手できませんでしたので、ここでは変動成分として、個人間変動と空間変動だけを考慮したようなモデルを構築しています。

11.時間利用行動の長期変化

時間利用行動の長期変化

 

 対象とした行動側面は時間利用行動で、この変動構造が時間軸上にどの程度安定しているかを検証しました。使用したデータは総務省が行っている社会生活基本調査のデータです。これを使って、1986年から2006年までのあいだの変動構造の変化を示しました。

12.実証分析結果:変動構造の長期変化(世帯ケア)

実証分析結果:変動構造の長期変化

 

 特徴的な結果が見られたのが、「世帯ケア」─たとえば子育てとか家事といったものが含まれますが、世帯ケアの変動構造を見てみますと、性別の影響が経年的に減少している一方で、非観測個人間変動が増加しているといった結果が見られました。

 男女間の役割分担のようなものが経年的に曖昧になってきて、世帯ケアに対する時間利用が、ここで導入したようなワークスタイルや自動車保有、世帯収入、年齢、性別といった説明変数では説明できないような要因に移行していっていることがわかりました。

 これは導入した説明変数でモデルを作成することを所与とした条件下においては、たとえモデル構造内でのパラメータと観測変数を最新のものに更新したとしても、モデルの精度は下がっていく可能性があることを示しています。

13.政策分析・調査論への示唆

政策分析・調査論への示唆

 

 不確実性をより数値的に具体的に示したところがこの研究の大事なところだと個人的には思っています。完全な不確実性の排除は困難な一方で、計画者はこの不確実性が存在する状況下において判断を下さざるを得ない状況にあります。

 そのときに、いったいどういった手助けができるのかと考えてみますと、予測値を改善していくよりはむしろ、予測周辺のモニタリングをするとか、モニタリングのためのデータの保存、公開、統合などのことをするといった、予測そのものではなくて、それをサポートするような周辺技術の話がより重要になってくるのではないかと感じています。

14.現在取り組んでいる課題

現在取り組んでいる課題

 現在取り組んでいる課題としては、たとえばマクロデータとミクロデータを両方使って、行動の変化等のモニタリングをさらに精緻化していくことや、より効率的な交通行動調査を行うための調査設計手法の検討、そういった変化や変動に頑健な交通基盤整備効果の評価手法があるのではないかと考えています。これらの点について今後引き続き検討していきたいと考えています。

 まだまだ中途半端な、まとまった結論が得られていないような状況ですが、今後ともみなさまからさまざまなご意見をいただきながら、本日いただいた賞の名に恥じない研究者を目指してがんばっていきたいと思います。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。ありがとうございました。

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